かしの木コラム Vol.24 平成20年6月19日
「ストレス」 園長 土方 崇
砂場の藤が実を付ける頃となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
先日、自転車で多摩川を下り、東京湾までサイクリングをして来ました。
多摩川沿いは、サイクリングロードが完備されており、安全にそして快適に風を感じながら楽しい時間を過ごしてきました。
出発直後は早朝でしたので、散歩やジョギングする年配の方が多く見受けられ、時間が経つにつれて、少年野球の子どもやサイクリングの家族連れなどが増え、爽やかなエネルギーを感じました。
実は、自転車に乗るようになったのは訳があります。今年の2月中旬に右膝の靭帯を痛めてしまい治療を余儀なくされたのです。
当初は、足に力が入らず、治療をしなくてはというマイナスのストレスがありました。その時に膝に負担が少ない筋肉トレーニングとして自転車に乗り近隣をサイクリングし始めたらストレスがプラスに変化を始めました。
ストレスには良いストレス(プラス)と悪いストレス(マイナス)、それとストレスがない状態の3つがあります。
適度なストレスは人間に緊張感を与え、ストレスが全くない状態が続くと老化が進んだり、病気になる人も多いようです。
適度なストレスは、良い・悪いどちらも常にある事で一生懸命に物事に取り組む事で心身の若さを保っています。
さて、子ども達にもストレスは大人と同様にあります。
自我の欲求が満たされない場面で、泣いたり・駄々をこねたり・怒ったりとマイナスのストレスが発生しています。その様な場面で、ついつい親は他の子どもと比較をして、我が子の物足りないところが目に付いてダメダメと言いがちです。すると子どもの中にはマイナスストレスが倍増してしまうでしょう。
その前に普段の生活の中でその子どもの良いところを沢山見つけてあげ、信頼関係を確りと築いておくと良いと思います。そのやり取りが、子どもの「自己肯定感」に繋がります。話を聞いてくれる・目を見て大好きって言ってくれる・不安なとき大丈夫だよと応援してくれている・スキンシップでギューとしてくれる・・・・・など。子どもは、親に認められている → 愛されている → 安心感へと繋がり、幼児期で最も必要な自分は存在価値のある人間なんだと肯定できる気持ちを理解ではなく感覚で学んで行きます。
これは、人間形成の上で土台となる大切な部分ですので、この事を家族皆で応援し、プラスのストレスにして行ってください。また、この時に過保護になりすぎて甘やかす事なにらないように子どもの育ちのペースを尊重しながら必要な事を甘えさせてください。
PS
幻の石が毎日かしの木からプレゼントされています。これは、子どもの成長の手助けとしての保育の一環ですので次の事にご協力をお願い致します。
・子どもが拾いますので、保護者の方は拾わないでください。
・子ども達も登園(8時45分)時には探したり拾ったりせず、お部屋でお着替えをしてから探しましょう。
*上記のことを親子で守りながら、楽しく参加してください。
きっとプラスのストレスが発生するかもしれませんね!!
『草野球』 船木勝行
地域で活動している草野球チーム『若葉ホームズ』に、私が16歳のころに入部させていただき、今年で結成以来32年という歴史あるチームになってしまいました。
今では最年長でチーム監督をする立場で、若い連中と練習・試合・懇親と楽しんでいます。
一昨年は立川市軟式野球連盟3部優勝! 昨年は同連盟2部優勝と順風満帆!住む場所・仕事・年齢(18歳〜47歳)は皆違うのに、共通の趣味の野球話を肴に親睦が深まり草野球の輪が広がっています。
監督といっても雑用が主なのですが、一番の苦労は試合の先発メンバーの決定です。
9人以上集まるときは途中交代に神経を集中し、1打席でも1回の守備でも回すように心がけています。モットーは全員野球で勝利!
ここでお坊さんの説法です。
人間には『ほめられたい』『認められたい』『愛されたい』『頼られたい』の4つの願望が常にありそれがないと不安になるそうです。自分がそれを望むならまず自分から相手の良い所を見つけ『ほめ』『認め』『愛し』相手を信じ『頼る』事が近道と言われてました。なかなかの説法ですよね、我がチームもエラー・三振・暴走等のミスにはあまり触れず、ナイスプレー・クリーンヒットと個人の良い所を伸ばすようにしています。来てもつまらないじゃ意味が無いですからね!
私自身も去年からシニアリーグに参加(45歳以上のチーム)し、新たなメンバーと親睦が広がっています。そのあとは多分、還暦野球(60歳以上のチーム)の予定?これからは70歳過ぎても野球ができる体力を作るゾー・・・無理かな?
草野球おっさんでした。
船木勝行 さん 卒園児のお父さんです。
「その子なりの精一杯」
ぬのかわあつし
先日ある年中児A君が 同じクラスの子どもの靴やカバンを続けて隠すことがありました。
それが見つかった時、「なんでそんなことするの!!」「相手が悲しむでしょ!!」と叱る大人が多いと思います。しかし私は、少し嬉しい気持ちになりました。
このケースの場合、必ずしも叱ることだけが正しい教育や子育てとは限らない と私は考えます。大人が「悪いこと」と思う中にも、子どもにとって大切な意味があるのです。
年中児は、やっと「自分自身」というものが見えてきて、他者との違いを感じたり、関心を持ち、色々と試したりしながら、自他の違い(自分と異なる年齢、性別、家庭環境、好きなこと嫌いなこと・・・がある)を感じ学んで行く発達段階の時期です。
物を隠すという行動は、子ども世界の中では良くあることです。
それを遊びと感じている場合は、まだ「相手の気持ちを推し量る」という力が未熟な年少児くらいの子どもの行動です。
自分が先に叩いて相手が叩き返したのに、「叩かれたことが嫌だった」と感じるのが年少児です。隠したり叩いてみて、相手が泣いて悲しんだり、怒ったりするのを見る経験を重ねて、相手がどう思うのかを自分の感情と照らし合わせられるように成長していきます。
このA君の場合は年中児です。相手が悲しむことは想像の上で行なっているかもしれません。悲しませることと関心を引くことがまだ近い感覚なのです。
隠してみたら相手はどうするのだろう? つまり、自分の行動によって相手の言動を左右させられることを試し、実感している。という風に、やっと他者に関心を持ったという彼の成長の表われです。
隠すという行為は、大人の価値観では決して良い事とはいえません。しかし、このA君という年中児にとっては、大切な大きな成長です。関心がなければ、隠したりしてみないのです。それが、生まれてまだ4年しか過ごしていない年中児の発達段階です。年中児のこれらの行動を、小学生に置き換えるとすれば、好きな子に嫌がらせをして関心をひく事と似た感覚かもしれません。大人は先ず、その成長を喜び認めてあげたいものです。でないと、本当の意味での次の成長には進めないのです。
例えばやっと立てた赤ちゃんが他人にぶつかってしまったとします。
その時、赤ちゃんの行動を責められるでしょうか? 一生懸命立ったらぶつかってしまったのです。同じようにA君は年中児なりの精一杯を行なっているのです。それを自分の発達からかけ離れた点について頭ごなしに否定されては、喜びも失せてしまいますし、次に進もうとする意欲もそがれてしまいます。赤ちゃんに「ぶつからないでしっかり歩きなさい!」と求めることは難しいですし、もっと歩こうとする意欲は少なくなるでしょう。
隠してみたら相手が悲しがっていた。(年少の頃は泣いている相手をじっと観察する所までですが、年中では)→失敗だったぁ〜。まずそれを自ら肌で感じること。→でもまだ関心を引きたい。→では、どうすれば相手の心地良い関心を得られるかと試行錯誤が始まります。
「友達になりましょう!」「仲良くしましょう!」などと言う言動は、大人の世界の方法(言葉)であり、子ども世界では、もっと自然な形で関わりを深め行くものです。
隠すのでなく○○してみたら、親しくなれた!! ではこの方法は? といった試行の回数を重ねるうちに、その子なりの経験を獲得することでしょう。そのために大人は、正解や近道を安易に与えるのではなく、子どもが経験するチャンスを多く確保し、自ら育とうとする意欲を育むことが求められます。
その子の今(ありのままの育ち)を見極め、道を掃き清めたり先行しすぎたりせずに、過剰な期待や要求を強いないこと。
この事例で言えば、叩いた事は、「仲良くしましょう!」までの出発点であり、一足飛びにゴールを目指さず、そこまでの過程を共に歩むこと。
その子が、なぜ?どんな気持ちで?そのような言動をしたのか? と考えること。
ならば今、どんな経験をさせたいか? を、子どもたちの成長を通して、自分自身も学びながら、ゆったりと急がず子どものペースで見守って行きたいと思います。
かしの木コラム Vol.23 平成20年4月16日
「自転車」 園長 土方 崇
ご入園、ご進級おめでとうございます。
木々の先からは若い緑色の葉が顔を出し、菜の花が咲き、風が爽やかに感じます。
中期壮年期の私は、23年間乗っている愛用の自転車に乗ってスケッチブックをザックに入れて近隣を走っています。
車と違い風と匂いを感じながら走っていると道端の花や草の音・落ち葉の揺れ具合・路面の状態など様々な発見があり、時には藪蚊の大群の中に突っ込んだりします。また、今年はまだ遭遇しておりませんが、雑木林の落葉の下にどんぐりが赤く発芽している姿には感動しますよ。そしてなによりものご褒美は自分と対話できる良い機会です。情報が溢れ、様々なものの進化スピードが速すぎるために追われ不安定になりがちな現代社会の人たちは、ストレスを常に受け知らず知らずのうちに疲れが溜まり、自分を振り返る機会を失いがちです。そのような中で自転車に乗っていると、自然の中に生かされている自分と出会えたりします。
さて、子どもの世界を覗いてみると、集団生活の中で自分の存在を少しずつ確認していきます。
まずは、家庭で親からの抱擁を受けることによって愛情を感じ、自分の存在をしっかりと認めてもらうことから始まります。
幼児期の子育てにおいての愛情は物質的な物ではありません。物は手段ですが、勘違いをして結果になっている場合がありますので確認をしてください。
また、子どもに過干渉になりすぎて、言葉や手を出しすぎている方がいますが、心をもった小さな人格者ですので、子どもの目線で認めながら気持ちを育ててあげましょう。
そして集団生活の挨拶の一場面では、「おはよう」の挨拶を周りの友達・大人からもらう事により、自分でも恥ずかしながらだんだんと笑顔がでて言葉で返せるようになっていく姿は、挨拶のエネルギー波動が栄養なり、自分の存在を確認し、蓄積し、次の成長段階に上がる手段の一つになっているようです。
このように挨拶以外でもクラス活動や遊びの中で、共同作業・創造・発見・継続・我慢など子どもの世界の中での小さなやり取りが重なりながら子ども達は少しずつエネルギーを細胞で吸収しながら成長していきます。そして、この時期が人生における判断基準の基礎になるため、教職員一同真剣に取り組み保育に励んでおりますので、皆様のご理解・ご協力をお願い致します。
また、親の姿が子どもにとっての一番の見本ですので、この機会に自分自身の姿を内面から見つめなおしてくだされば幸いです。今年度もよろしくお願致します。
素敵な応援団・・・幼稚園が日ごろお世話になっている方からの応援メッセージです。
"キッズダンサーに脱帽" 須郷 純
長年にわたり土曜日の午後にバレエ・モダンダンスクラスを実施していたのですが、園長先生の提案により月曜日に園児クラスを始めて早3年を迎えようとしております。
月曜日に園に行くようになって一番変ったことは、みんなが「あっ!バレエの先生だ、こんにちは!」と声を掛けてくれるようになりみんなと仲よくなったことです。
男の子も体験クラスを受けてくれたり、毎回クラスを見学して「ちゃんとやらなきゃダメだよ!」とみんなを注意してくれたり大拍手で「ナイス!」と声援を送ってくれたりもします。こんな見学者は、大歓迎です。子供達だけでなく随分私も励ましてもらっています。
しかし、何よりも私を驚かせ励ましてくれるのはキッズダンサーたちです。
その日の園の行事でみんなも疲れきっている時などは、あれもやりたいこれもやりたいと意気込んでいく私の予定はコナゴナに崩れさっていきます。
私の話を聞いてもくれず、みんなを引っ張ってクラス出来なかったことに足取りも重く帰ることがあるのですが、翌週行ってみると「えっ???!」先週は聞く耳も持たず体も動かしてくれなかったのにあらら?ちゃんと聞いていたの?動きもばっちり!とただただみんなの並外れた能力に脱帽するばかりです。
そして「先生見て!」とやってみせてくれた子に「練習してきたの?」と聞くと、笑顔で「練習しなくても出来るの!」とちょっと得意げ!
こんな子供達の持っている潜在能力をいかに引き出していくかがこちらの課題かと、いつも子供達に教えてもらいまた子供達と一緒に成長していきたいと思っています。
その素晴らしいダンサー達が、4月19 日(土)"
東京TAMA音楽祭 2008キッズフェスティバル"アミュー立川 大ホールにてダンスを披露することになりました。
グループ"かしの木"が出演するのは午前の部ですが、たくさんのグループによるプログラムが無料で鑑賞できますのでお時間のある方は、ぜひ応援にいらして下さい。
また、4月末には体験クラスを実施しますのでそちらにも参加してみて下さい。
須郷 純さん かしの木バレエ・モダンダンス教室
「遊びの中で学ぶ」 ぬのかわ あつし
ご入園、ご進級おめでとうございます。
職員一同、準備をしながら この日をお待ちしておりました。
子ども達が入学、進級と新しい環境へと進み始めたこの時期、幼稚園も建て替え等に向け、職員室の引越しが行なわれました。
その作業中にある資料が出てきて、ついつい懐かしく読み入ってしまいました。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、以前(2006.03.20)の読売新聞に かしの木幼稚園の記事が掲載されたことがありました。(ご希望の方には資料をさしあげます) その内容は、コラムVol6,8掲載の「戦いごっこ」についてでした。 *コラムのバックナンバーは幼稚園ホームページをご覧下さい。
戦いごっこに限らず 高オニ、かけっこ、ままごと、お団子づくり、縄跳び・・・・・など、子どもは遊びを通して様々な事を、大人に言葉で教えられなくとも吸収していきます。
例えば、ゲーム遊びをするには、相手となる仲間が必要です。
同じ遊びをやりたい気持ちを持った友達を、どうにか探さなければなりません。
新しく出会う中では、親しい人間関係(兄弟・近所・親戚)とは違った立場や関わり方に触れながら、自分の身の処し方を調整する力を育んでいきます。
家庭の中では自分の思い通りにできたことも、幼稚園のお兄さんの前では通用しません。
やさしいお姉さんの愛情を感じることもあるでしょう。時にはケンカもおこります。「どちらが正しいか」よりも、自分の思いを相手に表現し合い、自分と違う相手の考えや思いがあることを学ぶ大切なチャンスです。
叩かれると痛いことを知るかもしれません。楽しみ、喜び、憧れ、失敗など様々な経験を積み重ねながら、集団生活のルールや生活習慣を体得していくのです。
理由の理解できない押し付けの決まりごとや、言葉だけのルールではなく、実体験や子ども同士のやり取りの中で感じ、真似して身に付けた事柄こそ、その子その子にとって、身の丈に合った、より身に付くルール〔社会性・判断力・人間関係力など〕になるのだと思います。
大人は、その遊びの中で子どもが何を学んでいるのか?を見守ったり(ついつい手や口を出してしまいがちですが)、遊びや友達との関わりをどのように用意し、いつ(発達の具合に応じて)与えるのかを考えたりしながら、子どもの遊びを大切に、大人も遊び心を持って、丁寧に関わって行きたいと思います。
今後とも ご協力、よろしくお願い致します。
かしの木コラム Vol.22 平成20年3月18日
「 三月の幼稚園 」 園長 土方 崇
三寒四温、春がそこまでやって来ました。天気が良い休日には、自転車に乗ってスケッチに行くのがこの季節の楽しみの一つです。先日は、ジブリ映画の「千と千尋」の舞台となった小金井公園の建物館へ出かけてみました。湯ばーばの湯殿・千尋の両親が豚になった居酒屋・釜じいの湯札の入った壁一面の小引出しなどのモデルとなった場所を見てまわっていると不思議な映画の世界を思い出しワクワクする気持ちになってきました。広場では子ども達がコマ回し・メンコ・竹馬など昭和の時代の面影を感じる場面があちらこちらであり、中でも一番印象的なのが、遊び終わった女の子が土管の中で満足顔で一休みしていた姿です。その笑顔の中にはこの空間で今日経験した素敵な「子どもの時間」が凝縮しているように思えました。西日に照らされた頬にちょっぴり土がついており、竹馬に挑戦したのかかくれんぼをしていたのか定かではありませんが、その経験が確実にその子どもの心の基に蓄積され自信に繋がっていると思います。
3月の幼稚園ではこの笑顔を、ほぼ全員の子ども達が発信しています。黄金の幼児期を過ごしている年長さんは、自信に溢れた行動で縄跳び・高オニ・サッカー・まぼろし探し・プリンカップの土磨きなど子どもルールを作って譲り合い・励ましあい・トラブルを解決し・認め合いながら遊び込んでいます。年中さん・年少さんもその雰囲気を自然と感じながら過ごしていると空気感染し、少しずつお兄さんお姉さんになって行くように思えます。
俳優の柳生博さんが31年前に八ヶ岳のふもとに家を建てました。日差しの届かないカラマツの人工林を切って薪にして、また木を植え木漏れ日のあたる雑木林に変えていったそうです。都会でいい暮らしをするには、競争に勝ち、だんだん自分に有利になることしか考えなくなると感じたらしいです。木を切りすぎたら、山菜を採りすぎたら、後で自分が困る。
"自然の中では一人勝ちしたら生きていけない"と感じて、森を育てていたつもりが、本当は森に家族が育まれていたそうです。
子育ても一人勝ちするものではありません。ワイワイガヤガヤの中で子どもも大人も成長し合っていきます。一年前には、感じなかった事・考えなかった事・見えなかった事など気持ちの成長を大人自信が実感しているのと同様に子どもは、その10倍20倍も心がたくましくなります。大人が思っている以上に生きる力の基を内面から充実させているのです。子どもの澄んだ目は、真っ直ぐに・嘘をつかず・懸命に物事を見つめ、全てを吸収していきます。
その環境をつくるのが"ワイワイガヤガヤ"です。多数の大人や子どもが互いに響き合い、低音・高音・金管・木管・打楽器などを自由に奏でる中で、家族や自分のメロディーをつくり、深さや・幅が備わり、味のある暖かい皆で奏でるオーケストラに成長して行きます。
今年度も幼稚園にご理解・ご協力を賜りありがとうございました。互いに育ちあう場として今後ともご支援を宜しくお願いいたします。
素敵な応援団・・・幼稚園が日頃お世話になっている方からの応援メッセージです。
「サーカス」 木下 龍太郎
みなさん、はじめまして、こんにちは。木下大サーカスの木下龍太郎です。3月1日(土)のオープニングの時には大勢で見に来てくれてありがとうございます。サーカスと言えば、みなさんは何を想像しますか?空中ブランコ、ピエロさん、それともぞうさんかな?現在木下大サーカスには、約100人の団員と動物が20頭います。木下大サーカスは全国各地で1年間に4から5箇所で公演をしているので年に4から5回は移動をしています。今回は、サーカスの引っ越しについてお話をしたいと思います。団員さんの宿舎やテントなどたくさんの荷物があるので、一度の引っ越しで11tトラック100台ぐらいで移動をします。引っ越し中に特に気をつけていることは、動物たちの移動です。動物たちの移動中には冷暖房が出来ないので、冬は風邪を引かないように昼の間に移動して、反対に夏はのぼせてしまわないように涼しい夜の間に移動をしています。だいたい半日ぐらいで移動できる所が多いのですが、時には沖縄に船で移動したり、関西から東北まで1泊2日で移動したりする事もあります。もちろん、調教師も一緒に同じトラックに乗って動物たちの状態を常に気遣っています。木下大サーカスで活躍する動物の中でもキリンのマサイは全長が約7mあるので、普通はトンネルが通れないのですが、動物園のキリンには出来ないお座りが出来るので、3時間おきぐらいにパーキングエリアで休憩を取りながら移動します。
いろいろと引っ越しの時は大変な事もありますが、公演期間が終わって新しいところに移動する期待としばらく住んでいたところから離れる寂しさも、良い思い出になった頃にまた同じ所に戻って来るのがサーカスならではだと思います。みんなも大きくなって、お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんになった時に、小さい頃の思い出が戻って来るんだろうなと思います。今回は12年ぶりだけど、次はいつかわからないので、5月20日までに、何回でもいいのでぜひ見に来てくださいね。
木下 龍太郎さん
木下サーカス株式会社 営業推進本部 取締役 営業企画推進室 室長
「♪ありがとう さよなら〜♪」
ぬのかわ あつし
私が、かしの木幼稚園に移ってきて3年がたちました。今卒園しようとしている年長さんとは同期ということになります。共に初めての環境に飛び込み不安を抱くところから、同じ時間を過ごしてきた同士として。旅立っていく仲間に 贈る言葉を!
小学校という新しい世界へと飛び込んで行くこととなりますね。期待、理想、不安、恐怖、色々な気持ちが心の中で出たり入ったりしていることでしょう。新しいことに飛び込むには、たくさんの勇気と決断が必要なものです。しかし、それを乗り越え、いざ飛び込んでみると必ず何かが得られるはずです。前向きに吸収しようという気持ちを持って、チャレンジしてみてください。応援しています。
環境が変わるということは、友達、先生や周りの人、文化、気持ちや考え方、朝起きてから夜まで一日の生活など、今までとは違うものと触れることとなります。また、今まで一番年上の年長さんだったところから一番年下の一年生へ。あなたを見る周りの目や立場も変わるでしょう。お母さんとでなく自分一人や友達と考えて過ごす時間や機会も増えてきます。それらの変わることの中から様々な発見、気付きや学びをしていってくださいね。
一方で、変わらないものもあります。今まで出会った友達、お世話になった先生や周りの人、家族、あなた自身。そして、今まで経験してきたことや感じた気持ち。それらは変わらないことです。しかし、手放しでは変わってしまうこと。変わらないためには努力が必要なこともあります。本当に変えてはいけないことを見つけた時、それはあなたにとって大切な成長であり宝になります。全力を注いでください。
新しい世界の中で、自分にどれを取り入れ、何を改めるか。色々に試しながら、変えてはいけない自分の大切なものをたくさん見つけていってくださいね。(子どもだけでなく大人も、新しい価値観の中で、謙虚な気持ちで多くを学び吸収できると良いですね)
加えて、「失敗も経験にする」「過去があっての今」と思います。辛かったことでさえ無駄な経験はありません。自分がどのようにして大きくなれたのか? 時々振り返ってみてください。 大きくなった自分に気付くはずです。そして、お世話になった全ての人や物、事に対して、感謝の気持ちを忘れずに! 「♪ありがとう さよなら〜♪」
かしの木コラム Vol.21 平成20年2月22日
「懐かしい匂い」 園 長 土 方 崇
春の声がそこまで来ていますが、もう少し寒い日が続くようです。そのような寒い日には園庭での"焚き火"が子ども達の気持をほっとさせています。準備をしていると小さなドラム缶の釜戸や薪を運ぶのを手伝ってくれる子ども達、焚きつけ用の新聞紙を丸めたり興味津々で参加し始めます。マッチで火をつけると新聞紙に点火した小さな炎が細い木そして次第に太い木に燃え移っていき、煙がもくもくと上がると、懐かしい匂いが立ち込めます。懐かしいと言っても私の世代では、家庭で薪を使って釜戸や風呂沸かした記憶ありませんが、理事長年齢の方達より話を聞いたり、幼稚園や地域活動で野外活動で薪を使った生活をよく楽しませて頂いているのでそのように感じるのだと思います。最近は生活の中で火のありがたさを感じる場面が少なくなっていますね。寒い日に暖をとったり、お芋や玉葱を焼いて食べたりしながら、炎を見つめ・雪遊びで濡れた手袋を乾かしながら暖まる姿・小枝や葉っぱを拾ってきて注意深くくべる・近づきすぎると熱く手ごろな距離を体感し・風下にいると煙が直接向かってくる・ドングリは火にくべると破裂するから入れないなどを体験しながら、子ども心に自然と沁み込んで行きます。この体験が「懐かしい匂い」として子ども達の心の片隅に残り、幼児期のかけがえのない成長の手助けになります。さあ、玉葱がそろそろ焼けたかな?ホクホク焼けた甘い玉葱に塩をちょいとかけて"いただきまーす"
また、今年度のお米プログラムが先日完結しました。年長さんが春にバケツに苗を植えて育て秋に収穫したお米と在園児の田舎のおばあちゃんから頂いた玄米をペットボトルの中に入れて棒で突きながら精米体験をし、お米屋さんにも手伝ってもらい白いお米にしました。そのお米を薪の釜戸で炊いて園児たちによる"のり巻き屋さん"を行いました。年長さんのお当番がバンダナを頭に巻きはりきり店員さんが開店準備にとりかかりました。グッズは、味付けのり・ごはん取り分け用のスプーン・子どもトレー・よく洗った手そして愛情です。炊きたてのご飯にちょいと塩をまぶして、のり巻き作りの開始です。ご飯をのりに挟んでトレーに並べて配布場所に運んで行きます。「手を洗って来ましたか?ひとつどーぞ」と子ども同士が確認し合いながら配布していきます。並び方が分からず出口から入って来た年少さんには優しく声を掛け・順番待ちもスムーズに子どもルールを作りながら教え合っています。その姿は、普段の保育の現場で遊びながら仲間関係を作り、協力・努力・我慢・優しさなどを経験の中から培っているからこそ成り立っていると思います。幼児期は、子どもの力でできるものは、なるべく大人は見守り、子どもの時間を大切にすることが、今後の自我の形成にプラスになると思います。
素敵な応援団・・・幼稚園が日頃お世話になっている方からのメッセージです。
「風グミ」の思い出 結城 啓
息子が園児だった頃、よく山を歩いた。いわゆる山登りと言った気合の入ったものではなく、飲み物とおやつだけ持って比較的平坦な山道をたらたらと歩き、会話を楽しむ。疲れたり、雰囲気の良い場所を見つけたらしゃがみ込んでおやつの時間。ふと気がつくと息子が何やら口をモグモグ、お菓子はまだ私のポケットの中、野草や木の実の類を口にするほどワイルドな性格ではない。「何食べてるの?」「風グミ!」「風グミ?」山や森に溢れる空気を口に含みモグモグやってると色々な味がするそうだ。残念ながら愛煙家の私には、およそ理解出来ないが、本人に言わせると場所によってコーヒー、ミルク、サラダ、ご飯、と様々な味が楽しめるらしい。何て繊細な感受性、何て豊かな表現力と、感動していると、「ここは、みかんの味!」(それは、さっき飲んだジュースの味だろ)「ここはブドウ!」(キャンディはグレープ味だったな)と、いい加減な所も多々ある。それでも、枯れたススキの香ばしい香り、柔らかい陽の光の甘さ、新緑の瑞々しさを自分なりに表現しているようだった。
幼い頃はなるべく素材の味を大切にし、日々の食事は出来るだけ油や調味料を控えた薄味にするように妻は気を使っていたようで、それなりに味には敏感だったのかも知れない。ただ、その副作用と言うわけでも無いだろうが、好き嫌いが多く外食の味付けが苦手だった。決して食わず嫌いではなく試食した上での好き嫌いだったのであまり気にする事も無く、特に強制する事もしなかったが、おかげで幼稚園での王冠マークは在園三年間でみごとにゼロ。無冠の悲しさをしみじみと語る息子を不憫に思い、少々の反省を込めて消しゴムを削って王冠スタンプを作った。額に押してやると満面の笑顔であった。
そんな息子も数ヶ月後には中学生、すでに、身長は追い抜かれ、電話をかければ一瞬掛け間違えたかと思うほど低い声。毎晩、帰宅する度に目撃するソファから大きくはみ出した巨大な足(しかも、毛まで生えてる・・・)。肉の脂身をこよなく愛する彼の舌は、もう風の味は忘れてしまっただろう。その分、好き嫌いは随分と少なくなった。最近は過去の敗北をあざ笑うかのように何でもよく食べる。あの時作った王冠スタンプはまだあったかなぁ?今度、顔中に王冠マークを押してやろう。
家具のユーキ 代表取締役 結城 啓 (おやじの会 0B会員)
幼稚園の保育用品でお世話になっています。
「冬の遊び」
ぬのかわ あつし
先日あるテレビ番組で「脳を鍛えると体の動きが良くなる」つまり、スポーツ選手のイメージトレーニングに類似する話を聞きました。それまでの練習でたくさんの経験があるからこそ イメージすることが行動に活かされるのでしょう。
しかし私がそれを聞いて思ったのは。
テレビの話はその通りだと思いますが、私は逆を考えました。「体(運動や体験)が脳を育てる」と。特に子どもの発達を研究していると、そのように感じます。
経験がなければトレーニングにはならない。テレビゲームや情報化社会、周りの大人によって掃き清められてしまっている道(過保護や過剰な指示)では、自分の力(生きる力)とはなりません。
叩いて叩かれて「痛かった」と感じたり、やってみて「できない」と あるがまま、等身大の今の自分を知ったりといった「実体験」が幼児期にとって大切です。
私は、数年の間、子どもたちと触れ合う中で、「体を動かさない子どもほど、意識が幼い」「体の動きと心の育ちは比例している」という傾向を実感しています。だからこそ、戦いごっこやゲーム遊びをはじめとしたスキンシップを図れる活動を大切にしています。言い方を変えると、スキンシップのとり方で、その子の発達段階や心が見えてきます。子どもたちの育ちにとって
スキンシップの重要性を感じます。 (ホームページ コラムNo.E、G参照)
そこで、この季節ならではの提案!
これまで、暑い夏に戦いごっこや追いかけっこを繰り返してきましたが、それはそれは、子どもたちにとっても私どもにとっても大変なことです。暑いし苦しいし、肌はヌルヌル。それでも子どもたちは求めてきます。(子どもの成長過程において必要不可欠なことだからこそ無意識に求めてくるのでしょう) でも、それらは冬の今ならもう少し快適かも? 身体活動は 戦いごっこや追いかけっこに限ることではありません。
先日は、ある年長さんが、長縄とびを656回続けて飛びました!!! 大人でもなかなかできませんよね。周囲の子どもたちも大尊敬で、今ではみんなの目標です。でも夏なら倒れていたかもしれませんね。冬ならではと言えば、縄跳びの他にも、おしくらまんじゅう、マラソン、ウォーキング・・・・など色々考えられます。日々の登降園も 自転車でサイクリングダイエット???
つまり、「寒いからこそ 体を動かすことを楽しみましょう!!(子どもも大人も)」
家にこもって、テレビやゲームに子育てを任せるのでなく。せめて、こたつで折り紙やあやとりなんて いかがでしょう? 指先の運動も脳に刺激を与えるそうですよ。
かしの木コラム VolS 平成19年12月20日
「 バ ラ ン ス 」 園 長 土 方 崇
成人の永久歯の数は28本(親知らずを除く)あります、その内
犬歯が4本・切歯が8本・臼歯が16本で構成されています。犬歯は、肉類を噛み切り・切歯は野菜類をきざみ・臼歯は穀類をすりつぶす役目を担っています。このバランスが 1:2:4 とお気付きの方がいると思いますが身体にあった食べ物の量を人間の構造が自然に教えてくれているのです。昨今はいかかでしょうか、高蛋白・高脂質の食事になりがちな現代社会、カロリーゼロなるドリンク等がよく売れているようですが、自己コントロールを少し働かせて昔からある自然で身体にやさしいものを適量摂取するようにしたいものです。しかし、なかなか難しく私もついつい見てしまうと食べたくなってしまいますね(目標 腹8分目)。
さて、子育ても同じではないでしょうか、
高蛋白・高脂質=過情報・過速度 と情報が多すぎ混乱し、すぐに知らないと不安心だけが膨れ上がり待つことが出来ない大人が増えているのではないでしょうか。確りと情報を咀嚼(そしゃく)し、経験というスパイスをきかせて、幼児期の子どもに伝えていただきたく思います。そのバランスは、子どもの成長によって異なり、ご家庭と幼稚園が一緒に考えよりよいタイミング・場面・内容を見つけていければと思います。良く咀嚼されたものは暖かく・思いやがあり・愛情いっぱいで心の栄養に確りと成るに違いありません。
また、最近のドラマでも忙しく働く女性の所に父親が上京してくる設定がありました。情報が錯綜する仕事の中で、父親の存在が迷惑だった気持ちが少しずつ心配してくれる感謝の気持ちに変化していきました。最後に上司のもとに届いている7年分の年賀状に「娘を宜しくお願いします」と言葉が添えられているのを見せられ、心配されている気持ちが愛されている気持ちに変化していきました。その親子にしか分からない思い出がちょっとしたきっかけで素敵なエネルギーになり、新たな絆が一本増えた事と思います。その中で感じたものは、「時間」です。時を越えた思いが年賀状に自筆で記されており、メールでは感じられない匂いを心に発信していました。最近はメールを発信してすぐに返事が来ないと無視されたと感じてしまう若者世代、それが原因でいじめが発生する構図があります。携帯で常に繋がっていないと不安になる・表面の情報に左右される等 自分で消化吸収する前に次から次へ流されてしまい本筋を忘れてしまっている人が増えている中、是非、皆様におかれましては、「自己を確りと 待つ姿勢を大切に」しながら子育てをしていきましょう。そして良き友と家族と素敵な時間をお過ごしください。
先日の「発表会」は、子ども達の頑張りと皆様のご理解のもと、素敵な時間を共有できた事に感謝申し上げます。また、寒く乾燥した時期ですのでお身体に気をつけて楽しい冬休みをお過ごしください。
素敵な応援団・・日頃から幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです
「親子の関係」 落合 俊雄
いつもお世話になっております。私は、紅白饅頭などの和菓子を納めさせて頂いています。 私には、高校二年生になる双子の娘がおります。下の娘は2200gと小さく生まれたこともあり、保育園に入園したばかりの頃気管支炎で入院したり、風邪で病院に何度もお世話になりました。年長さんの秋からスイミングスクールに通い始めてから、体の方もだんだん丈夫になっていきました。その娘達も大学受験を考える年齢になりました。 子どもは優しくいろいろと話を聞いてくれる親を求めるものです。しかし、思春期を迎え自分の将来について考えたり、自分の生き方を探し求めるようになると優しいだけでなく、人生の先輩として頼りになる親、時には厳しく意見を言ってくれる親の存在を本心では望んでいると思います。生きることの厳しさや、喜びを面と向かって伝えられる親子の関係であったらと思います。
落合 俊雄 様 やな瀬 代表取締役
かしの木マーク入の紅白饅頭をつくって頂いています。この他にも立川名産のウドを使った「ウドパイ」など、とても美味しい和菓子を製造販売しています。
場所は立川南口ウインズ(場外馬券所)の東側です。
「しかる」 ぬのかわあつし
先日あるお母さんから「うちの子がまた先生にしかられたみたいで・・・」「家でもなおいっそう厳しく言います」といったお話しを受けました。それを聞き私は、子どもの立場、気持ちを想像しました。先生にしかられ、家でもまたしかられ、子どもにとっての心の逃げ道、ホッとできる拠り所をどこにも求められない板ばさみ状態で、自己肯定感を持てなくなってしまうのではないでしょうか?
もしお母さんの立場に置き換えるとすれば、何かのミスを人に指摘され、旦那も味方をしてくれず、認めたり慰めたりしてくれる友人とは連絡がとれないような状態を想像してみてください。子どもをそんな窮地に陥れたくないものです。私自身も含め、わかっていてもやってしまうことってありますよね。「お迎えの時間にまた遅れてしまった」「赤信号で渡っちゃった」「大人の都合に合わせて、子どもを深夜まで連れまわしてしまった」「子どもに真似て欲しくない言動を大人が行なった」「物を与える事で子どもをコントロールしようとした」など。 「そんなに完璧にはできない!」と子ども達も思っているかもしれません。
また、しかっている方の心理を考えると、「片付けなさい!と言ったのですが・・・」と第三者に向けての体裁が先にたったり、「私はしかった(責任をはたした)」「謝らせた」といった大人の自己満足になってはいないでしょうか? 子どもが大人の思い通りに言動することが、育てる喜びとなってはいませんか?
「何度言えばわかるの!」これは、大人の説明不足か? 子どもの心身発達がまだ至っていない難しいことを強いているか? 大人がゆったり待つ余裕を持っていないのか? などかもしれません。これらは子どもの側ではどうにもできません。深呼吸をして自分に問うてみたいものです。
子どもが怒られた理由をしっかり理解していなければ、怒られるからやらない→怒られないかと大人の顔色をうかがう→つまり、言われるがままで、自己判断や自主性が育まれません。子どもの育ちに大切な好奇心の発揮場所が「大人に内緒」と見えないところでやってみるようになる恐れを感じます。
話しはそれますが、
私の保育スタイルは、子どもにとって先生というより仲間になれること。正論のルールばかりを押し付けてくる相手とは居心地が良くないものだと思います。 子どもが自分の気持ちをさらけ出し、主張や悩みを打ち明けられること。子どもの心の奥を推し量る事ができて始めて私達は、適切な指導や育ちの応援、信頼関係を作ることができると考えています。ご家族の場合は、そのような積み重ねがなくとも絶対のきずな、信頼があるわけですから、どうぞ子どもの期待に応えてあげてください。禁止するのではなく、共により良い方法を考え見つけるような導き方が、私の理想です。
話を しかる に戻して、
しかる本意は、それが何故いけないかを子どもが知り、考える力を備え、将来、自己コントロールする力を養うこと、他の方法を体得することなどを思ってのはずです。例えば友達をたたいてしまった自分の気持ちを振り返り、やらないためどう対策すれば良いかを一緒に考えるチャンスとすることが必要です。ある1才すぎの子どもが寝る前、自分が噛んでしまったお母さんの背中をじっと見ていたそうです。その気付きから始まって、将来に「ごめんなさい」の気持ちと言葉が育まれます。子ども自身が「しまった」「良くなかった」と感じる事が大切です。しかられ慣れ、「ゴメン」だけでよく感じ悩まずに、済まされていることはないでしょうか?大人が裁くことで、せっかくの考える機会を奪ってしまうことの無いよう注意しましょう。
しかり方も、言われている子どもの立場を念頭に、「私はそうして欲しくない」「好まない」「こう思う」など、「子どもの理解者である(あなたを愛する)私」としての気持ち、考えとして伝えると、お互い快適なのではないでしょうか? もちろん感情をぶつけ合う場面も必要です。と言いながらも、私もその通りにはできません。あるお母さん保育者も「わかっていても言っちゃうんだよね」とのこと。理想と現実は異なるものですが、無理なく心がける程度で試してみてはいかがでしょう? 「しかると怒る」「しつけと放任」など、この辺りの話題は、先生たちやお母さんたちの大きな悩みのひとつです。 色々な立場の人と意見交換してみたいと思っています。みんなで学びを深めましょう!
かしの木コラム VolR 平成19年10月4日
「やり方 よりも 在り方」 園長 土方 崇
爽やかな秋風が心地よく感じる季節になってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。昨年は、多摩地区全域でカシ・クヌギ・コナラ等のドングリが不作で、近隣の森・昭和記念公園でも例年の3割程度の収穫でしたが、今年は、とても豊作のようです。「えんちょうせんせい。はい あげる!」と最高の笑顔付きでドングリを袋に入れて持ってきてくれます。丸や三角様々な種類の素敵なプレゼントです。「どこで集めたの」と聞いてみると「おばあちゃんのいえのちかく・たまがわじょうすい・みやたせんせいのまえのもり・・・」と教えてくれます。週末にパパ・ママ・ジイチャン・バアチャンなどと「あったあった・きてきてきて・やったね・・・」と会話をしながら集めている温かい匂いが一緒に届く思いがし、お礼の手紙を書きながら改めてドングリっ子の発する「周りの人を幸せにする」力の一つを感じています。
話は変わりますが、少年雑誌のジャンプが創刊されたのが、私が小学生の頃でした。当時のテーマが"友情"
"勝利" "努力"という3つのバランスで構成されていました。スポーツマンガなどは、まさに友情に支えられ挫折しても努力しながら成功する典型でした。しかし、現代はその3つのバランスをとりながら雑誌を構成すると売れないそうです。努力の場面を薄くしないとヒットしないとの事でした。仮面ライダーの初期のころを振り返りますと "主人公が頑張って悪人と戦い負けそうになった時にスパーパワーが備わり勝つ"
と努力と友情の場面が常にありバランスがとれていました。しかし最近は、努力せずにもやしっ子にいきなりスーパーパワーが付いてしまっているようです。何気なく見たり・聞いたり・行ったり・してもらったり・・・便利さと結果を優先し努力する過程が欠けてしまっている世の中の風潮に子どもの環境も圧迫され始めています。幼児の時期に感じることは知ることよりも大切です。大人には薄れた感じる事のセンサーが常に働いています。よろこび・感激など一緒に再発見し、感動を分かち合いながら子ども達と一緒に心を解き放ち今見ているものの意味を感じてください。運動会がもうすぐ開催されます。我が子の今日までの育ちを振り返ってください。たくさんの愛情の中ですくすくと育った姿に拍手をお願いいたします。
また、現代人やらなければならないことが会社・家庭・地域などでたくさんあります。一つの事を行うにも「やり方」は、無限にあり選択に迷う程です。しかし、「在り方」は一つです。家族でゆっくり今を感じながら「在り方」を探してください。
素敵な応援団・・・幼稚園サポーターの方からのメッセージです
「ある日の休日」 浅見 一彦
昨年末から、"おやじの会"の会長を微力ながらやらせていただいております。園と会の皆様の温かいご協力のもと、少しではありますが、わが子を始め子どもたちの笑顔のお手伝いが出来たことをうれしく思っております。
かしの木へ長女が入園し次女・三女と8年間、経ってしまうと長いようで短い幼稚園生活。いつの間にか、しっかりしたことを言うようになり、子どもが成長することは、うれしい反面、少し寂しいなあと思う今日この頃です。
8年を思うと、この時期は、人格を作る大切な時期でもあるので、父親が積極的に子育てに参加した方が良いと改めて感じます。(家内からも強く言われておりますが…)普段仕事などで子どもと接することが出来ないこともありますが、休みの日には、出来るだけ時間を作りたいと思っています。母親は、いつも行動を共にしているので、良いことよりも悪いことのほうが目につきやすい様です。父親は普段接する時間が少ない分客観的に子どもと向き合えるような気がします。
ここで、ある日の休日の過ごし方をお話します。我が家は、家族で出かける機会は少ないのですが、年に2回程奥多摩や五日市へ登山に行きます。3人娘とも3才で公園デビューならぬ登山デビューをしております。お陰で、男らしい女の子に育ってしまいました。荷物は基本的に全員自分で持ち、それほど高い山へはまだ行けませんが、だいぶ山道にも慣れてきました。今年の夏も30度を越す猛暑の中、汗を大量に掻きながら家族で山登りを楽しんできました。
親子での山登りの醍醐味は、なんと言っても共に自然や季節を肌で感じること。そして、同じ山頂に向かって着いた達成感とすばらしい眺めを共感できることだと思います。山登りを通して、親子の絆が深まること、子どもの自立、心身共にリフレッシュできること…まさに一石三鳥!!いい事ずくめと勝手ながら思っております。
これから秋も深まり、紅葉がとてもきれいな季節です。休日にどこへ行こうか思案中であれば、ぜひ一度、山登りをお勧めします。幼いときからコミュニケーションをとっていれば、
思春期になった時もきっと親子の会話があると信じております。
最後になりましたが、園長先生、担任の先生を始め諸先生方の温かいご指導を受け、お陰様で子どもたちも元気に成長しております。この場をかりてお礼申し上げます。また、これからもよろしくお願いいたします。
*浅見 一彦 様 ボーイスカウト立川第6団 団委員
立川かしの木幼稚園 評議員
「自分でできた!」 ぬのかわ あつし
2学期に入り、子ども達が新年度の生活に慣れてきたのに伴って、幼稚園では更なる成長を願って行事が増えてきています。持ち物を含め、不規則な園生活に対応していただきありがとうございます。
そんな中、少し気になる子どもの姿があります。登校園時、カバンを自分で持とうとしない姿、さらにはカバンをお母さんに投げつけることも。何か忘れ物をすると「お母さんが入れるの忘れた」と自己管理意識のない子。
幼稚園は自分の力、もしくは友達と力を合わせて生活を作る場です。例えば、「明日は体操がある」→「体操着が必要」→「どこにしまってあるのかな?」→「きちんとたたまないとカバンに入らない」など。家庭と幼稚園が子どもにとって一連の生活になる事で、明日の幼稚園活動への期待と気持ち作りができます。
年齢発達によって「自分でできること」の内容は異なってきます。ママと言えた!立てた!から始まり、今では手を洗えた!くつがはけた!着替えができた!後片付けをした!お手伝いをした!初めてのおつかいなど、その子なりの「できた!!」時の喜びは大きく、次への意欲につながります。
「自分でできた!」を得る為には、その子の力量に合わせた大人の配慮が必要な場合もあります。服のボタンを大きなものに付け替えることもひとつでしょう。きついジーパンは難しいかもしれません。上手に整理しないと入らない入れ物。物を管理する為の記名表示。そして、自分でできずに困る機会や、急がず練習できる余裕のある子どもの時間。(大人がやってあげてしまった方が早いのですが)
それらの積み重ねが自信と自立、自分の物への愛着にもつながります。自分でやる大変さを知ると、いつもやってくれるお母さんへの感謝も大きくなる事でしょう。
子どもにやってみたいという意欲が芽生えた時、「そろそろこれができそう」と見守り応援しながら、「できた!」を共に感じられると、さらにもっと楽しい子育てになるかもしれませんね。
かしの木コラム Vol1Q 平成19年7月17日
「こどものねがい おとなのねがい」 園長 土方崇
笹の葉がサラサラと音を立てて子ども達の短冊を揺らしています。「うるとらまんになりたい・ぷりんせすになりたい・きょうりゅうになりたい・ぞうさんになりたい・おかあさんになりたい」など年少さんは憧れの対象は身近にあるヒーローが多く書かれています。年長になると「ようちえんのせんせいになりたい・さっかーせんしゅになりたい・べんごし・・・」など具体的になってきます。あったかい夢ですね。憧れの共通項は「カッコイイ!」とその子どもに映るものが多く未来を短冊にお願いしていました。中でも「せぶんいれぶんになりたい」とあり、さすが子どもと思いました。今欲しいものの集合体がその表現になったのでしょうが、品物だけではなく、そこに行く事によってファミリーの会話が増え温かい空気を感じているに違いなく、孫と会話する祖父の姿が思い浮かびました。
また、私が子どもの頃、駄菓子は「しいなさん・ぶーさん」と通称で呼んでいたお店があり、三角飴のくじ引き・ガチャガチャ・ラムネなどがあり、10円をポケットに入れて友達と通ったものです。子どもの頃は10円で夢が膨らんだと思い返しました。たかが10円されど10円です。今も昔も変らない思いが感じられた短冊でした。
そして、大人は「家族が健康・なかよく・元気に・・・」と現在を維持している事の在り方を感謝している短冊が多かったようです。「北海道に行ってのんびりしたい」と具体的な方もおり、その際には私もお供させて頂ければと思います。このように子どもと大人の願い事には、未来を最優先に無意識に選択する子どもの屈託のない笑顔を無意識のうちに最優先でバックアップする大人の願いが、幼稚園という世界では自然に行なわれ相互作用によってそれぞれが元気をもらっているようです。七夕様の夜空をお子様と一緒に見上げてみたでしょうか。七夕の歌・お話しをお子様と一緒にする事は、気持ちにちょっとしたゆとりが生まれたに違いありません。今後もロマンを感じる日本の伝統行事、家族皆で利用し楽しめたら益々「小さな幸せ」が広がります。
また、給食を一緒に食べている時、園児に「お母さんお料理上手でしょう」と聞くと「うん すごーく じょうずだよ カレーとか しちゅーとか でも らーめんがいちばんおいしい」などと会話しながら食べています。自信満々で話をしてくれる子ども素敵ですね。メニューよりもママが作ってくれた一緒に食べたこれが何よりのスパイスになっているのを改めて感じます。幼稚園では、先日赤カブやジャガイモを持ち帰りましたが、どの様にして食べましたか、キラキラ輝く「ボクのじゃがいも」たくさんの会話をしながら調理した事と思います。これが育つ瞬間の一場面と保育では捉えます。子どもも親もその場で何を感じたのでしょうかこの瞬間に子どもも親も育っているのです。そして幼稚園にフィードバックしていただければ保育者も育ちます。何気ない一言で人は育ちます認めてもらっている事が力になり希望に繋がります。是非、小さな感動をお待ちしております。
1学期も幼稚園にご理解・ご協力を頂き感謝申し上げます。楽しい夏休みをお過ごし下さい。
素敵な応援団・・・幼稚園サポーターの方からのメッセージです
「或る七月の陽だまりで」 橋 昭治
本は、上中下などとある場合は、先ず、上から読み進めて行くのが一般的、常識的なものであろう。だが、私は今話題のダビンチ・コードと言う単行本を手にしたとき、そうせず、"下"から読み始めた。レオナルド・ダビンチの代表作"最後の晩餐"に或る暗号が書き込んであるという。その暗号とは何なのか先ず知りたいと思ったのだ。年を取ると気が短くなるといわれるが、そうかもしれない。
暗号・・何か、「思い」「考え」「伝言」を誰かに伝えたいとき、差障りがあり何かに託して表すことが知られている。有名な「いろは歌」は、皆さんつとにご存知でしょう。「色は匂へど、散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ、有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔いもせず」。これを仮名で7文字ずつ折り返して書いてゆくと「咎無くして死す」となり、赤穂四七士の幕府に対する無念を暗号にして歌に込めたとされています。
年を取ると・・と先ほど書いたが、今年二月半ばの青森八甲田山、雪崩事故が起きて多くのスキーヤーが亡くなった報道は今も強く私の心に残っています。ここは、バラェティに富む山スキーが楽しめる所で、私も二度ほど行ってゲレンデスキーでは味あう事の出来ない、そして後から満足感が滲み出てくる様な楽しい経験をさせてもらいました。然し、スキー技術については、「少年老い易く、学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。」この格言を身にしみて理解できるようになり、寂しくも思ったりするこの頃です。
自己を大成させるには、本人の努力が勿論大切なことだが、よい師にめぐり会い、よい指導を受けられること、そんなチャンスにめぐり会えることも必要なのだとも思う。視野を大きく広げて世の中を、世界を見、比較することが出来ると自分というものが解ります。
さて、この続きを話すとなると湿っぽくなりそうなので、話題を少し変えてみよう。少しのお金と、美味しいワイン、気の置けない仲間が居れば、その味も増す。と言うのはどうだろう?只飲んで酔っ払うという飲み方ではない。多くの有名人がワインについて名言を残している。「ビールは人によって、ワインは神によってつくられた。」「ペニシリンは人を治してくれるが、ワインは人を幸福にしてくれる。」「アンコールを呼ぶものは、一曲のワルツと一杯のワイン。」ワインは神が人類に与え賜うた最も素晴らしく尊いものである。
らしい? 所で、我々は、老いも若きも別れ際に(グッバイ!)とか、(バイバイ!)などとよく言っていませんか?この語源を紐解いてみると少し驚いていただくようです。
Good By!は、「神、共にいませり。」が本意だと言うことのようです。God(神)と言う語を濫りに口にすることを憚れたのでGood(良い)などと婉曲語が代用されたようです。
次の「By」は、〜のそばに、〜の近くに、誓言として「神の御名にかけて」の意味です。何と我々日本人は信心深いこと民族なんでしょう。神様がいつも貴方のそばに居られますように!とい言い交わしているのです。
それでは、私も皆様に、God be with ye.(Good
By!)
* 高橋 昭治 様 ボーイスカウト立川第6団 団委員長です
「自然の教材」 ぬのかわあつし
先日、どんぐりクラブさんのジャガイモ掘りに同行させていただく機会がありました。子どもたち同様に、お母様方の「うわぁ〜 いっぱい!!」などの感動の声が大きかったことが印象的でした。子どもたちと同じく、お母様方も、このように植物を育てたり収穫したりするような経験がある方は多くないのでしょう。
私事になりますが、自分は都内の方で育ったため、立川のように自然や畑を身近に見られる感じられる触れられる環境をうらやましく思っています。特に子どもたちにとっては、ぜひ多く触れてほしいと考えています。都内の幼稚園では、立川のような環境を目指し、1時間以上の時間とお金を費やして子どもたちと足を運ぶのですから。贅沢な教材が身近にあるのです。
植物、虫、土、畑などの教材(昔は生活の中に普通にあったのでしょう)は、子どもたちにとって興味深く、かつ、様々なことを学ばせてくれます。大人が知識を教え込もうとしなくとも、子どもたちはその場に身を置くだけで様々なことを感じ吸収します。全てを言い切れませんが例えば。
植物や果実が大きく育っていくこと。自分以外のものに無償の愛を注ぐことを経験しながら、力ずくや我がままは通じないことを学びます。ゆっくり待つしかないのです(子どもの発達に似ていますね)。期待と想定外を感じる経験もします。少しの変化に興味を持つ力、気付いたり感じたりする力が感動につながります。「小さかったキュウリ、大きくなったかなぁ?」と楽しみにしているとの声もいただきました。「お日さまが出てないからかなぁ?」と空を見上げます。「あの雲ゾウさんみたい!」と関連して自然を感じていきます。
畑の虫は食物連鎖の一員です。私が収穫物のヘタを堆肥入れに捨てるのを見た子どもたちから「肥料になるんでしょ?」の一言。子どもたちはよくわかっています。ミミズの糞が野菜を甘くするのです。また、数年前、ある子どもから「アブラムシだって生きているんだ!何で殺すの?」と怒られたことが心に残っています。害虫駆除、雑草とり、間引きを子どもたちにどのように伝えていくのかが、私の現在の課題です。
土に触れること。砂場遊びやだんご作り、粘土遊びの前段階の意味あいがあります。創造活動は自由度の広さが重要です。既製遊具例えばヒーローの変身グッズのような「これは何」「これに使う→それ以外には使えない」と指定されていない一番素朴な遊具によって、自分の感じているそのままの思いを具象化しようとしたり、出来上がったものから「これは何に似ている」と想像したりする力が育まれます。ものの硬さや感触。水加減、小さなものや壊れやすい物をデリケートに扱うような指先の感覚も養ってくれます。キャンプでは、だんご作りの遊びが大好きな子どもほど、おにぎり作りが上手なようです。汚れることへの恐怖を克服した遊びの中で習得したのでしょう。
畑ツアー(最近開始された畑仕事をする遊び)にて、ある子どもが「これニンジンでしょ。うちの前に生えてるもん」と私が説明する以前に一見で自信を持って判断しました。スーパーのニンジンには葉っぱはついていません。身近にあった植物に興味を持ち、何らかの方法(大人は子どもの関心に気付き、応じられなければなりませんね)でその葉の下にある土の中のものが何であるか探求して探りあてたのでしょう。そして、幼稚園にあったほんの少しの葉っぱを見ただけで「ニンジン」と言い当てたのです。経験を自分の力として身につけている子どもの一場面でした。彼は他の場面でもこのような「経験を活かす力や意欲」を身につけたのかもしれません。
幼稚園の施設や行事、または在園児の中にも自然に触れられる機会をお持ちの方がいらっしゃいます。規定の保育だけが幼稚園の役割ではありません。それらの機会やつながりをいかに活用するのかが幼稚園の利用法でもあり、保護者様の力の見せ所です。
ちなみに ある子どもが給食中「このブロッコリーは食べないけど、お父さんが作ってくれるのはおいしい」と。その子が、採りたてであること(給食センターを否定するわけではありませんが)、それ以上にそのブロッコリーにかけられる父の愛情を感じていることが、その子の感覚を変えたのでしょう。赤カブやジャガイモの試食、畑ツアーやキャンプでも「初めて食べた!」や「きらいなんだぁ」と言いながらおかわりして自分でもビックリしている子どもたちの姿が多く見られます。
幼稚園も難しい知識は知りませんが(ご指導ください)、このような活動をしています。帰宅中の子どもがお母さんに向けて自慢げに「ここには赤ちゃんトマトがあって、隣には・・・」と。お母さんもお忙しい中自転車を止めて聞いてくれていました。畑を自分のものとしていることが感じられます。また、畑に実った大きくなりすぎたキュウリ。私がいつの間にか切り取ってしまうと、ある子が血相を変えて「大変!キュウリがなくなった!!」と知らせてくれました。私が管理しているのでなく、子どもたち皆の畑なんだ!と思い知らされました。そのように子どもたちは、すぐに自分の生活の中に取り入れ吸収していきます。「一昨年キャンプでもらったイチゴの苗が育って収穫した!」といった嬉しい声も聞かれました。プランターで簡単にできる野菜もたくさんあります。通り道の畑を毎日覗いてみるだけでも。親子で楽しみながら、好き嫌いまで改善!なんて素敵ですね。
かしの木コラム Vol1P 平成19年5月24日
「kashinokidsと共に」 園長 土方 崇
幼稚園のシンボルである「かしの木」は、色々な事を学ばせてくれます。樹齢150年位と推定されるこの木とは、私も子どもの頃からお付き合いさせてもらっています。私が幼少の頃は、兼業農家で木の下に縁台があり、夏の暑い中、仕事の合間に祖父や祖母と一緒に家族で休憩中にお茶菓子を食べたり、ブリキの子ども用自動車に乗って走り回っている楽しかった思い出があります。今でも幼稚園の子ども達が、秘密基地・鬼ごっこ・どんぐり拾いなど思い思いに過ごしています。子どもの頃は、当たり前のように存在して、当然のようにどんぐりが落ちて来ると思い過ごしていました。この当たり前を作るのが大人の役目とつくづく思い知らされます。
春が近づき暖かくなると樹液を根や幹から小枝や芽に送り新芽はゆっくりと膨らみ"新しい葉"が 「今までありがとう木を守ってくれて」と"古い葉"と交代しながら新緑でいっぱいに彩り、花を咲かせ(雄花は長く・雌花は葉の根元にある)受粉しながらどんぐりの赤ちゃんを授かります。夏に向かって日に日に葉が茂り、精一杯日を浴びようと葉を広げます。そして涼しい木陰やどんぐりを当たり前のように提供してくれるかしの木・・・そのエネルギーを感じ育っているのが「kashinokids」です。
かしの木を維持するのに毎日の清掃や剪定など様々人が携わっています。卒園児の植木屋さんがどの枝を落としてどれを残すのが木の成長に良いか神経を使うが、この木に登ると眺めも良くとても気持ちが良い、子どもの頃を思い出してパワーをもらえるとの事でした。
私の好きな"かしの木体感ポイント"は、木の下のベンチから上を見上げることです。しっかりとした幹からたくましい枝に別れ葉をいっぱいに付けた小枝へと移っていきます。その間から木漏れ日が差し込みたくましく包容力のある素敵なエネルギーを感じます。疲れた時など是非体感してください。(3階の秘密基地での昼寝もお薦めですよ。)また、先日お迎えの少し前に来て、ベンチで読書をしている方がいましたがとても素敵な時間を過ごされていると感じました。幼稚園では、子ども達が本に親しんでもらおうと図書の貸出やお部屋での読み聞かせお話ボランティアのお話会などを実施していますが、今度はかしの木の下に絵本コーナーを設置しようと計画中です。懐かしい本・ワクワクする本・ちょっと泣いてしまう本など皆さんのハートが感じた本などご推薦の絵本がありましたらどんぐりポストなどを利用して教えていただければ幸です。
kashinokidsが育つ環境を一緒につくる為にも"ご自分の思い"をほんの少し形にしてみませんか、行動が大切ですkashinokidsと共に育つ為にも!
素敵な応援団・・・幼稚園サポーターの方からのメッセージです
「 いい感じ 」 相馬 幸恵
こんにちは 初めまして。園長先生には20年以上通って来て下さってもらっています。美容室の担当をさせていただいています美容師です。毎回来て頂くたびに幼稚園ってこんなにするんだ〜!と勉強させて頂いております。
私達美容師も仕事柄いろんな方、旅館やホテル、美容関連の会社の方、いろんな方の話を聞いたり、勉強しに行ったりします。その中で先日、古賀柔道家「平成の姿三四郎」といわれる方の話を聞くことができました。たぶん皆さんオリンピックでの金メダルをとったシーン、又愛弟子の方が金メダルをとったシーンは覚えている方も多いと思います。その古賀さんが今は"古賀塾"という柔道場を開設しているそうで、モットーが「当たり前の事を当たり前にできる人を育てる」事だそうです。私の会社のスローガンにもありますが、仕事や立場が変わっても同じなんだと感じました。あるエピソードですが、私の担当させて頂いている方のお孫さんが古賀塾に通っているそうで、そのお子さんが練習している中、柔道は投げ技をよく練習していますね。当たり前に痛いわけですが、半泣き状態になる訳です。まだまだ小さいし、大人でも痛い!そのコーチが彼女にかけた言葉は「痛い事はわかるけど、痛さは本人しかわからない。このまま今日続けるか、お休みするか。」という感じの言葉をその子にわかるように話をし、本人の意思・それを行動させる行動力というものを三歳、四歳でもちゃんと聞いてやっているらしいです。
自分の事をわかって相手に伝えるというのは、大人でもなかなかできない事もありますが、小さい頃から自分の事を自分で決め行動する努力を子供は子供なりの感じ方、動き方があって大人、子供、学生、社会人に関係なく認め合えるというのは大切な事なんだなと感じます。お子さん相手なら、ましてや親ならハラハラドキドキと心配事が多いと思いますが、まず見てあげる・見るだけにしてあげるというのも大変だけれど、大切な事なのかなと感じました。
お客様にいろんな方がいる分、いろんな事を教えてもらえる仕事なんですが、もちろんお子さんをお持ちの方もほとんど一緒にいらして頂く事も多いです。ちょっと感じ方を変えながら見させて頂こうかな…なんて思っております。
最近の事で話が変わりますが、毎日お店の前をお母さんと一緒に通っているお子さんがいます。以前からお店に興味があるらしく、でも恥ずかしいのか遠目で見るだけでした。しかし、少しずつ距離が縮まってきて、遠目で見るだけだった子がお店の前でドア越しに声を掛けてくれるようになり、今ではドアを開けて一歩進んで「お帰りなさい」「ただいま」位ですが、お話をしてくれるようになりました。お母さんの足のかげに回るでもなく、少しずつ近くなっています。いい感じです。
* 相馬幸恵さん・・・美容室 「 Hair Magic 」店長です
「幼稚園」 ぬのかわ あつし
入園・進級してから1ヶ月が過ぎました。新しい環境にもうすっかり慣れて、遊びの中や友達関係の中で自己発揮しようとしている子ども。一方で、ゆっくり観察して、試したり試行錯誤したりしながら進もうとしている子ども。それぞれのペースと自己課題の中で幼稚園生活が進んでいます。
新入園の皆様にとっては、子ども同様に保護者の方々も初めての社会・文化・生活へと飛び込んだ事になりますね。不安も多々あることでしょう。ご入園にあったっては、園選び、早くから並ぶなど様々なご苦労があったことと思います。そのようにして入園させた「幼稚園」。「幼稚園」に通園させる事で、子どもの何を育てたいと考えていますか? どのような子どもに育って欲しいですか? それらを期待して幼稚園選びをなさったはずですね。
なぜ入園させるのでしょう? 「幼稚園」ならではとは? 「幼稚園」と家庭との違いは何でしょう? 家庭は、ご家族のたっぷりな愛情に包まれながら、一番親密な人間関係や身のまわりの生活習慣を身に付ける安心の港のようなものです。一方幼稚園は、子ども達にとって始めての社会、集団生活を身に付ける場所です。港から出航した小船たちは、大型客船に取り囲まれたり、海賊にであったり、大嵐、急な流れや冷たい海などに出会います。長い人生から比べると、まだ近海、直ぐに港に戻れる所かもしれませんが、初めて出航する子ども達にとっては広い海であり、後に大海原に飛び出していく糧(生きる力)を身に付ける大切な期間です。
お家では独り占めできていたおもちゃが、自分の好きなようには使う事ができません。友達と一緒にブランコに乗りたいのに、その友達はスベリ台に行ってしまいます。お話しするのが楽しくてたたいてしまったら、大人のようには気持ちを察してくれない子ども同士ゆえ、倍返しで怒られてしまった。「順番!」って何??? ゲーム遊びの中では、自分流のルールは通じません。皆から「いけないんだ!!」とバッシングの嵐。そして何より、大人たちはお家のように自分ばかりに注目し、自分優先にはしてくれません。自分で!と言う自立が求められます。
自分と違う他者とのやりとりの中で、ケンカをしたり、「そうゆうやり方もあるんだぁ」と真似したりしながら新しい考えや気付き、学び、家庭で培った以外の文化に触れる経験するのが「幼稚園」です。「○○しちゃいけないんだ!」と言いながら自分も同じ事をしていたり。子ども達は、違った価値観に触れる経験から、自分を見つめ直し、自分自身を確立していきます。子どもって大変ですね。大人には想像もつかないような環境に身を置かされているのかもしれません。
そのような「幼稚園」に毎日通う子ども達。ゆっくり休み、次の出航への力を養ってくれるのが愛情たっぷりのご家庭です。(大人の都合に子どもを振りまわす生活にはなっていませんか?) 整備と給油をよろしくお願い致します。
家庭では得られない、幼稚園では補えない、子どもの育ちがそれぞれにあります。連携・協力し合いながら、子どもの育ちを共に支えて行きましょう!
なお、あるお父様から「コラムって何? 知ってたら読みたかった」といった声がありました。お忙しい日常かと思いますが、コラムに限らず幼稚園の紙面等をキッカケに、お父様にも子育てを一緒に考え、協力して頂きましょう。
かしの木コラム VolO 平成19年3月16日
「勲章」 園長 土方崇
ある男の子が霜焼けにもかかわらず、一生懸命に友達との水遊びに熱中していました。また、手があかぎれになっているにもかかわらず泥団子やチョコレート工場に集中していたり、寒い時期にも日々の水遊びは、中断することなく続いていました。また、手に豆ができても雲ていや鉄棒を続けていたり、お宝の石拾いに夢中になっている姿、ゲームで一番になれず悔しくて涙が出てしまった子、お互いを認め合い助け合っている姿などを見ると幼稚園では確りと子どもの時間が流れていると実感します。このような例は、ほんの一部分ですが、霜焼け・あかぎれ・すり傷・きり傷また、心の悔しさ・悲しさ・ばつの悪さ 全て子どもの「勲章」です。
さて、大人の勲章は何でしょうか。会社での出世や社会で地位などに囚われがちになっていないでしょうか。他人の欠点はよく目に付いたり、サービスの悪い場面やゴシップに喜こんではないでしょうか。大人は自分を棚に上げ優位な立場に置くことが安全で居心地か良いからです。園児達はまったく正反対です。熱中する気持ち、協力する嬉しさ、ずるをしない気持ちなどを経験の中で感じ育って行きます。私も子どもに教えられる事が、たくさんあります。子どもは大人が教えてやらなければ何もわからないというのは逆で、大人のほうが子どもから学ばなければならないと実感しています。私は子どもにより父親になりました。悪い子など一人もいない、大人が子どもを悪くしているのであって、本当に変わるべきは大人です。もっと大人が一生懸命に生きなければと思います。是非、他人の良いところを見つける癖をつけて、「人を認める力」が大人の勲章のように思えます。「腹がたったら明日怒れ」一呼吸おいて一緒に頑張りましょう。
また、一年が年々早く感じるようになっていませんか、子どもの頃は一年がとても長かったように思えます。毎日がワクワクする事の連続で誕生日・お正月がなかなかやってこないように日々が待ち遠しい連続だからです。その中で、確実にかしの木幼稚園の子どもたちは育っています。人を認める力は「心を感じる力」です。その力は子どもの時間の中で養われて行くのです。
素敵な応援団・・・幼稚園がお世話になっている方からのメッセージ
「子供は天才」 株式会社チャイルド社 近藤 健介
初めまして。私は幼稚園様に絵本や教材を納入させていただいております、株式会社チャイルド社の営業の近藤と申します。かしの木幼稚園様には昨年の7月から12月まで絵本の配達等でお伺いさせていただきました。半年で社内事情により移動になりまして、かしの木幼稚園様にお伺いできなくなってしまった事を残念に思っております。
さて、コラムという事で私事ではございますが我が子の成長の事を書かせていただきます。我が家は子供が二人、上の子が2歳で下の子が0歳です。二人とも女の子で下の子は昨年の12月に誕生いたしました。ただ今は2歳の長女の日々の成長にびっくりすると共に、毎日を楽しんでおります。
1歳6ヶ月を過ぎたあたりからしゃべり始めたのですが「ワンワン」「ニャンニャン」などのお決まりの単語と同時に、教えてもいないのに「ミッキーちゃん」「プーさん」「キティちゃん」等の単語も覚えていきました。親は「おはよう」とか「おやすみ」「まんま」などの単語を教えているのにそれらを覚えたのは少し後の事でした。テレビ等の影響でしょうか。不思議なものです。2歳に近くなるとだいぶ単語がつながるようになってきました。「ミッキーちゃんかーいーねー」とか「ジューチュ飲むー」とかです。初めてしゃべった言葉は、私がジュースを飲んでいるのを見て「これチーちゃんのー!」でした。皆様は子供の初めての言葉を憶えていらっしゃいますでしょうか? 2歳前に恐れていたイヤイヤ期が始まってしまいました。「おふろいやー」「くつしたいやー」何でもいやいやです。ところがママに無理矢理お風呂に入れられ、くつした履かされしているうちに最近は「おふろ後でー」「ごはん後でー」何でも「後でー」と言う 後で後で期 に進化してしまいました。どこでそんな言い回しを覚えたのか、本当にびっくりすると同時に感心してしまいました。ついに言葉を活用し始めたようです。本当に子供は天才です。今はまだここまでですが、これからお姉ちゃんである事を自覚し始めていくのでしょう。姉妹二人の今後の成長をめいっぱい楽しんでいこうと思っております。
最後にこの子たちが大人になった時に良い世の中である事、それを作るのは我々大人の義務であると思うようになりました。
「東日本幼児サッカー大会を二連覇!」 かしの木サッカークラブ 監督 土方一成
本年2月4日(日)場所は埼玉県久喜市総合グランドで行なわれた東日本幼児サッカー大会に出場しました。ものすごく風の強い一日でした。
かしの木幼稚園チームは、予選リーグ(64チーム出場)を3連勝で1位通過し決勝トーナメントに駒を進めました。
決勝トーナメントでは強豪がひしめく中、1回戦川口しらぎくB戦3−0と撃破を契機にかしの木イレブンが快進撃を始めました。
2回戦みずほ戦3−1、3回戦梅乃園戦2−0、準決勝みぬまA戦2−0、決勝みぬまB戦3−0、みごとに二連覇を達成しました。
コメント
キャプテン山本かずき君の選手宣誓で幕をあけた今大会でしたが、かしの木チームは「@蹴らせない、Aやらせない、B打たせない」を合言葉に臨みました。しかし甘いプレスや判断の遅れなどでピンチを招き決勝トーナメント2回戦では一瞬の判断ミスから右サイドを破られ1点を失いましたが、その後は全員の強い意志で相手に得点を許さずみごとに優勝を手にしました。
かしの木チームの本領は中盤です。中盤の選手が最期まで運動量が落ちずに高い位置でボールを奪い攻撃につなげたことが勝因だと思います。
また、ゴールキーパーが集中してゴールを割らせなかったこと、ディフェンスはあわてずにボールをクリアしたこと、この1年間サイド攻撃を練習した成果が出て相手を揺さぶり攻撃のチャンスを多く作ったこと、トップの選手が必要な場面で得点をいれる決定力があったこと、一人の力ではなく本当の意味で全員が協力し練習した成果だと思います。
最後に決定的に他のチームと違っていたのは保護者の熱い応援の賜物だったと思います。
決勝戦の前に選手保護者全員で円陣を組み気合を入れて優勝したことは一生忘れない感動の思い出です。
「プレゼント」
ぬのかわあつし
はやいもので、今年度も終わりに近づいております。新入園児広場などの行事では、入園を控えている子どもが「お母さんと離れたくない」と泣いていると、年長さんが「大丈夫だよ」と優しく勇気づける姿がありました。つい数年前は自分も同じように泣いていた年長さんが・・・・立派なお兄さんお姉さんになりました。
進級時、入園時、あの頃のお子様の様子を思い出してみてください。今と比べてどんなところが育ったでしょうか? 新たに見つけたお子様の好きなところや素敵なところは? その頃、お子様について気になっていたことは? どんな風に育って欲しかったですか?
お忙しい日々の生活の中では、なかなか考えたり気付いたりしにくいものですね。「あれしなさい!」「これはしちゃダメ!!」と大人の都合や過剰な期待で、子どもの生活を振りまわしたり怒ったりばかりになりがちなものです。しかし、ゆっくり振り返ってみると、皆それぞれに数えきれないほどの発見があるはずです。
子ども達は進級進学、それぞれの期待と不安でいっぱいな今です。その子の輝きを認め、伝えてあげながら送り出してあげたいものですね。それが子ども達にとって、何より元気の出るお祝い、プレゼントになるはずです。
怒る言葉と褒める言葉、どちらを多くお子様に向けていますか???
かしの木コラム VolN 平成19年2月14日
喜びと悲しみ 園長 土方崇
先日行われた作品展には、多くの人にお越し頂きありがとうございました。普段の保育の中で子どもたちが今ある自分の力で考え、協力して「動物園」を作成しました。年長さんは、子ども会議を何度も繰り返し、アイディアや発想など相手の気持ちを受け止め共感しながら取り組みました。年中・少さんは、動物のイメージを膨ませ皆で合体して一つの物を作る楽しさを体験しました。日々のコーナー保育を利用して餌や柵を作って行きました。今回はこの過程を大切にさせて頂き、保育者は、環境を整え子ども達の発想が出てくるような空気を少しずつゆっくりと作り、大人はできるだけ作品に手をかけないようにしました。「見栄えよりも思い」で見て頂けたと存じますがご理解の程よろしくお願いいたします。
また、先日お米プログラムが完結いたしました。秋に年中児の祖母から手作りの"秋田小町の玄米"を頂きました。園児達が全クラスでペットボトルに玄米を入れ棒で突いて精米をしました。そのお米を炊いて年長組さんが"のり巻き屋さん"をコーナー保育で開店しました。子ども達の力で出来るように大きなイベントにせず、ごっこ遊びの延長線上で実施しました。年長組の子ども達が秋実施した焼き芋屋さん3回と今回のり巻き屋さん3回それぞれ15名が小さなシェフになり、とっても美味しい心の栄養満点のおやつを作りました。形よりも気持ちの最高のでき栄えに食べる園児は何度もおかわりをする場面は、喜びを共有している匂いを実感ました。
さて、「喜びを人に話すと二倍になる。悲しみは人に話すと半分になる。」とドイツのことわざであります。生まれたばかりの赤ちゃんは、周りの人がお世話したくなるそんなか可愛さがあります。赤ちゃんの笑顔には、他人を引きつけ幸せを感じさせる素敵な魔法が備わっています。さて、乳児の立場から見てみますと、2ヶ月位までは、お世話してもらうことに対して気持ち良いと感じています。その後、母にそばにいてもらいたい気持ちが増してきます。4ヶ月になると だっこ・おんぶ等を要求するようになり、6ヶ月になると自分が喜ぶ事を喜んでしてほしい「一緒に喜び合いたい」と他者との関係を共感できるようになり、コミュニケーションの基ができます。母との関係から家族の人へと喜びを共有する幅が広がり、幼稚園での集団生活で喜びが複雑に変化して行きます。このように喜びを分かち合う事を十分にすることによって感受性が育ち、気持ちの基が築かれます。そして、その基があってこそ、初めて「他者の悲しみを感じる気持ち」が生まれてくるのです。しかし、現代人は、他者の悲しみや痛みが分からずに不感症の人が増えているようで、いじめ問題もその一つの現象です。また、公立小学校の給食費滞納も自己中心的で自分がよければ他は関係無いなど呆れるほどです。また、幼少の頃に虐待されて育った子どもは、ありがとう・ごめんなさいが素直に言えないとの事です。いかがですかご自分に問いかけてください。人の痛み・悲しみがどれだけ感じられるでしょうか。この機会に、もう一度、私たち大人も喜びを共感することからはじてはいかがでしょうか。
素敵な応援団・・・幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです。
「夢」 福石 勉
私は幼稚園、保育園さんに絵本・遊具(ブランコ・滑り台・鉄棒etc)・教材(防災クッション・クレヨン・画帳etc)を取り扱い営業をしているワンダー社の福石です。
実は私、高校生の頃夢を持っていました。それは「幼稚園の先生になること!」。しかし家庭の事情で卒業して就職の道に進みましたが、どうしても夢を捨てきれず5年後ついに幼稚園の先生になりました!!
園の生活で一番うれしかったのはやはり「先生」と呼ばれたことでしょうか。そして素直な心を持った子供達との生活は、自分を成長させてくれたと思います。現在自分の都合により2年で夢を閉じましたが、縁あって多少は子供達と触れ合える今の仕事に就いています。今は子供達が絵本で感動し、発見し、学んでくれて、遊具で楽しんでくれて、教材でいろいろな物を作ったり、書いたりしてくれることが私の夢です。子供達には、今を元気に楽しく、目一杯遊んで学んでもらいたいと願います。
株式会社 多摩ワンダー社 代表 福石 勉 様 ありがとうございました。
かしの木コラム VolM 平成18年12月19日
「足の裏」 園長 土方 崇
師走に入り今年も残すところ後わずかとなってきました。年末の子ども達の一大イベントがもうすぐやってきます。そう"クリスマス"です。幼稚園ではサンタポストが設置され、子ども達がサンタさんへメッセージやお願い事を書いて投函しました。電車・人形・ゲームなどプレゼントの内容を熱心に書いてポストに入れる風景は、微笑ましいものがあります。さて、プレゼントが届くまでの前提を考えますと@サンタクロースが存在しなければならないAよい子でなければならない この2つは絶対条件です。Aに関しては、子どもの気持ちがこれを機会に確認できればOKだと思いますが、@はどう証明できるのでしょうか。ここで1897年にアメリカであった有名な話をご紹介いたします。ある新聞社に届いた「サンタクロースはいるんですか?」という8才の少女からの手紙に対して記載された文は次のように書かれていました。「この世の中に、愛や、人への思いやりや、まごころがあるのと同じように、サンタクロースも確かにいるのです。私達人間の味わう喜びはただ目に見えるものだけではなく、この世界で一番確かなこと、それは、子どもの目にも大人の目にも見えないものですから・・・」と書かれていたそうです。現代社会大人は、忙しすぎるのではないでしょうか。数字に追われたり・人の芝生を青く見すぎたり・コップの水が半分も入っているのに半分しか入っていないと感じてしまったりと常に満足がいかない事が多々あるのではないでしょうか。
その様な中、目に見えるが見ないものとして"足の裏"が最近気になります。私達人間は普段見えていない足の裏で支えられて立っているのです。意識して見ないと足の裏と対話する機会はありませんが、そこには全身のツボが凝縮され、微妙な身体・健康の傾きを調整してくれています。また、地べたに確り立つ事により一人の命が家族や友人等とその踏みしめる大地でつながっており、皆の中でエネルギーを交換し合いながら存在するからこそ貴重なのではないでしょうか。切羽詰ったときこそ足の裏をよく洗って相談し、足の裏の声に耳を傾けてください。
是非この機会に子どもの信じる力を大人も素直に受け止めて家族がよりHAPPYになれますように!
素敵な応援団(幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです)
「友 達 と あ そ び」 西 村 一 冶
私の子どもの頃(昭和二十年代)は、夕方になると其処比処で、遊び戯れる子ども達の声が聞こえて参りました。
宵やみが迫ると、親たちから早く家に帰るようにと声を掛けられるまで遊んでいたのを覚えています。
このような情景は昭和三十年代の後半まで数多く見られました。
その後、各地で都市化が進み子ども達の遊べる広場や原っぱが無くなる頃から子どもの屋外で遊ぶ姿が少なくなってしまいました。遊ぶのは子どもの日常で大切な部分であり、遊びを通して子どもは育つとも言われています。
遊びの中から人と人との関わり方、上下関係、創意と工夫による新しい遊びの創出等々遊びを通して学ぶことは人間を形成する上で極めて大きな要因であるからです。
最近は、色々なテレビゲームが氾濫し、電子メディアが発達するなかで子ども達の巣ごもり状態は進んでいます。
子どもの問題の多くは、孤立化から生じている場合が多いと言われており、それだけにこれからは子ども達が群れて遊ぶことを再生することが、単なる遊びだけの問題でなく子どもを活性化させるための重要な鍵の様に思われます。
幼稚園や学校での勉強が終わった後、家族で囲む団欒までの暫くの間、地域で多くの友達と安心して遊べる安全な環境づくり、それが地域の人々に課せられた役割であると思われます。
西村 一治 様
学校法人土方学園 立川かしの木幼稚園の監事としてお世話になっています。
かしの木コラム VolL 平成18年12月1日
「子育て支援の充実と家庭との連携について」 大久保 渉
初めまして。私は幼稚園の経理を見させて頂いております会計事務所の職員でありますが、仕事柄他のいろいろな幼稚園を拝見していくなかで感じたことを書きたいと思います。
子供を育てる親の悩みは子供が自立するまで続いていく。「親の言う事を聞かないと、ついたたいてしまう」「子供がすることについ干渉してしまう」「いらいらして待っていられない」などいろいろな悩みを聞く事があります。子育ては大変なものというイメージが強くなっている傾向も見られますが、子育てを通じて様々な喜びを経験することが重要であると考えます。幼稚園における子育て支援はいろいろありますが、保護者が保育に参加することで、視野が広がり子供との関係にゆとりが生まれることをねらった子育て支援。誕生児の保護者が料理の先生になって子供と一緒にオヤツを作ったり、未就園児の会の運営にボランティアで参加したり、また、父親がドッチボールや砂遊び、ザリガニ釣りや木工などの遊びを通して保育に参加し、子供とのかかわりを楽しみながら、子育てや子供への理解を深める機会を設けている幼稚園もあります。さらに、保護者が園芸や人形劇、読み聞かせなどのサークルをつくってかかわり、園児の体験を豊かにしているところもある。このような子育て支援を進める中で「保護者自身が楽しもう」という意識も生まれ、子供の目線でかかわったり、子育ての楽しさを感じて積極的に取り組むなどの変化が現れてきている様に感じます。子供の成長を目に見える結果だけで判断せず、子供の自己表現や人間関係が育っていく様子に気づき、意欲や関心の方向、思いやりや丁寧さなど目に見えない子供の良いところを見つけていける様、子供と供に親も先生方も供に成長していける保育が子育て支援の原点であると思います。
*柏谷会計 大久保 渉 様 会計業務でお世話になっています。
「魔法の料理」 布川篤史
先日の遠足では、子ども達に素敵なお弁当をありがとうございました。給食とは違った、それぞれに個性のあるお弁当を、見せ合ったり自慢しあったりしながら、新鮮に嬉しく感じていました。さすがにお母様方、子ども達の好みや量をよくお分かりで、多くの子どもが完食していました。好きなものだけでも少量であっても、「全部食べられた!!」という喜びと自信が、「もっと食べよう」「あれも食べてみよう」という意欲につながります。その後の給食でも完食が増えたという報告もありました。
保育中に行なった「キュウリの試食会」や、デイキャンプでは、なるべく新鮮な食材を使って、シンプルにいただくことを行なっています。お母様方から「野菜嫌いの子が、抵抗無くキュウリを口にした」「初めてオクラを食べた」などの声が多くあがっています。
ご家族の子どもへの大きな関心点の一つは「食」「好き嫌い」にあるようです。「うちの子は○○を食べられるようになりましたか?」と言う声が色々なところから聞こえてきます。
「食べられた」という事実は嬉しいものです。しかし、そこへ向かう子どもの気持ちや意欲の変化を見守る事も大切です。「絶対食べない」と完全拒否していたところから「人が食べているのをじっと見るようになった」など。周りから子どもを応援すべく、食べたくなるまでの気持ちやキッカケ作りを考えたいと思います。
先ず、子どもの舌は大人とは異なるそうです。苦い、酸っぱいなどの味覚は、生物にとって食べても自分に害(毒、腐食)が無いか見分ける判断のために備わっているそうです。大人には美味しいと感じるコーヒーやピーマンも子どもにはあまり好まれません。それがいつか食べられるように変わっていきます。医学的なことはわかりませんが、周りの人が食べているのを見て「これは食べても大丈夫」「自分も食べてみよう」となっていくのでしょう。つまり、普段の食事の中で一緒に食べるご家族、先生、友達が美味しそうに魅力的に食べる姿が子どもに伝わっていくのでしょうね。
食べるときのみならず、料理を作るところから子どもと一緒にできると、子どもの食に対する気持ちも変わるようです。出来上がった料理がポンと目の前に出されるのでなく、洗って→皮をむいて→切って→お鍋でコトコトなど、出来上がる過程を見たり、時には手伝ったりした上で食卓に並ぶと、それはお母さんと僕との魔法の料理となるのです。幼稚園では先日、年長さんたちによる焼き芋やさんが行なわれました。子ども達の力で作った特別な焼き芋。長い行列ができ、「おかわりできる?」の声がやみませんでした。作った方も食べた方も嬉しい気持ちになりました。
赤カブ、芋掘りなど収穫物を持ち帰った時の子どもの様子はいかがでしたか?おいしくお料理して、楽しい食卓を囲めた事と思います。野菜を育てたり収穫したりすることは、作物に対しての愛情を育みます。自分が育てた野菜。残したらもったいない。(時には、かわいそうで食べられないと言う子も・・・)そのような気持ちを育む事も食育です。
「食べなさい!!」「残すな!!」と言葉で言うよりも、上記のような試みで食べられるようになったとしたら、子どもも大人も嬉しく楽しいですね。お忙しい日常で、なかなか余裕も持ちにくいかとは思いますが、少し意識だけでもしてみてはいかがでしょうか?
― 発表会にむけて ― 「 間(ま) 」って大切 園長 土方崇
朝晩寒くなってまいりましたが、皆様におかれましては、益々ご清祥の事とお喜び申し上げます。
10年位前に大人も子どもも時間・空間・仲間と3つの間が希薄になってきたなどと言われましたが、最近は、「 間(ま) 」のとり方がうまくできない人が増えていると聞きました。例えば20年前に異性の家に電話をかける時にその方の親がでた時の対応や、夜9時以降は失礼に当たらないかなどと自然と自分以外の環境への配慮をし、社会の常識を学んでいたと思いますが、最近は、携帯電話が普及し、掛ける相手もパーソナルからパーソナルへと必ず個人がでたり、夜中にメールすれば済んでしまうなど間が無くなってきています。幼稚園ではどうでしょうか。子ども達は、遊びに入る時に「いれて」「いいよ」と意思を確認しあって仲間を増やしていきます。大人は、子ども同士が一緒に遊んでいないと仲間はずれになっているのかと思いがちですが、初めは、お友達の行動を見ながら「観察参加」をしています。そして少しずつ自分との距離を縮めていき安心した距離になった時に「いれて」と言え、子どもも自然と間を感じ実行し体得しているのです。その時にじっと見守ってあげ・そっと背中を押してあげる 大人の間もとても大切です。
さて、発表会では表現活動を通して、個人やクラス全体で取り組みながら、一つの事をやり遂げ、喜び・満足感・充実感を味わい、自信を作って行くことが目的となります。子どもの発達に応じて、表現し、楽しさを味わい、皆の中で表現する喜びを感じ、次第に自分なりの表現を楽しむようになります。子どもの頑張ろうとする気持ちを見守ってあげてください。
また、演技するこどもの姿を見栄えにとらわれる事無く、その子どもが生まれてから今までの成長を振り返りながら、暖かく見守って頂き、全てを受け入れる気持ちで観覧し、盛大な拍手を心より送ってください。当日は、開場も混雑が予想されますが、保護者全員で、子ども達を応援してください。そして、会場全体が
"かしの木ファミリー"となり、"どんぐりっ子"と一緒に感動しましょう。是非、時間・空間・仲間の間を感じてみてください。
かしの木コラム VolK 平成18年10月31日
「みんなの気持ち」 園 長 土方崇
毎年10月に入ると、プレイテラスでは、「カラン・コロン・コットン・・・」等とこの時期ならではの音を楽しむ事ができます。これは、テラスが樹齢120年のかしの木を取り囲み木の根っ子を保護すると共に子ども達の出会いを演出する役目を担っており、その場所にかしの木からのプレゼントの"どんぐり"が落ちてくるからです。そして今年もその音を楽しみにしていたのですが、今年は、音が例年になく控えめなのに気がつきました。どうしたのかと思い木を見上げて見ますと、どんぐりの数が少ないのです。これは、かしの木に異変が起きたのかと思い幹や葉を点検しましたが変わった様子は、見受けられませんでした。そうなると原因は、なんなのかと考えているときに新聞やニュースで「今年は、どんぐりが全国的に少なく熊が人里に下りてくるケースが多発しています。」と報道されたのです。子ども達がお散歩で近くにある"通称トトロの森"に行き、葉っぱや小枝そしてどんぐりを拾いに行っても今年は、どんぐりが少なかったとの事、遠足で行った羽村動物園にもまったく見当たりませんでした。また、その後幼稚園付近の情報によりますと昭和記念公園も例年の2割程度、保護者参加のどんぐり拾いの秘密の場所も1割程度しかなく延期になりました。(秘密の秘密の場所を見つけたので後日保護者どんぐり拾い再開予定)そのような中でも子ども達は、お家の人と一緒に探しに行ってくれ袋に入れて「はい 園長先生 プレゼント 一緒に遊ぼうね」と小さな手で渡してくれます。とっても とっても うれしい気持ちになります「どうも ありがとうございます」その袋を開けてみると大きいのや小さいのやら丸かったりとんがり型だったりと様々なものがあります。お家の人が一緒に参加して「拾って幼稚園に持って行こうね ここにもあったよ 帽子つきだね みてみてみて」等と会話をしながら・・・・。育ってますね 「小さな幸せ」 その気持ち 今この瞬間を一緒に感じる 良いですね 満面の笑顔で手渡してくれる もらった瞬間 私も感じます 小さな幸せ ありがとうございました。(まだまだ どんぐり募集中です。特に丸型のクヌギをお願いいたします。まってまーす!)
また、東北地方から「玄米のプレゼント」を頂きました。年中児のおばあちゃんが秋田県で愛情をいっぱい入れて育ててくれたお米です。孫への思いを乗せてそして、孫の友達かしの木幼稚園の皆への嬉しい気持ちです。きっと 田んぼ作りから始まり・田植え・草取り・天候の心配・収穫・そして脱穀・袋詰め など苦労の中に嬉しさ喜びがそのお米には入っているのですね。代々受け継いだ畑で天候やその土地の空気・匂い・癖を長年の勘で肌で感じながら家族皆で作って頂いた玄米ありがとうございました。現在ペットボトルに玄米を入れ棒で子ども達がついて精米中です。子どもの力で少しずつ白くなってきました。幼稚園にお越しの際は、是非保護者の方も挑戦してください。食べるのは、11月中旬予定です。お楽しみに!!
素敵な応援団 (幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです)
「子ども時間を過ごす」 渡邉荘司
私には10月に2歳になる娘がいます。これがまたおてんばで公園へ遊びに出かければ「バイバイ」と一言残して親を置いてすぐ道路へ走って飛び出す。家にいれば娘には出せない場所にある筈の陶器のお皿を2枚どこからともなく取り出して(カチャカチャという音が楽しいのでしょう)一方のお皿でもう一方を力強く叩いてはニヤッとし、はたまた「ニュウニュウ!」(←本人は牛乳と言っているようです)と言うので飲みたいのかなと思いコップに入れて渡すと床にぶちまけて大喜びしている始末。毎日接している家内はすっかり慣れっこですが、休日にしか会うことの出来ない私にとっては娘と過ごす時間はもちろん楽しいながらも、ついつい内心ムッとしてしまう瞬間が・・・。
そんなある休日のお昼前、昼食に使う調味料がないとのことで家内に頼まれ娘と二人で徒歩10分の場所にあるスーパーへ買い物に行くことに。自宅を出てスーパーの方向へ歩き出すと、そんな私を尻目に娘は早速「バイバイ」と手を振り反対の方向へ。「やっぱり」と思いながらも何とかスーパーの方向へ向かうよう誘導していきますが、敵もさるもの、そううまくはこちらの意図する方向へ歩いてくれません。
そこで私は買い物のことは一旦忘れて、娘の歩く方向へ一緒についていくことにしました。すると自動販売機の前で立ち止まってボタンを押してみたり、床屋さんの赤・青・白のくるくるまわる看板をじっと見ていたり、マンホールの蓋の上で足裏の感触に不思議がっていたりと、普段私が見過ごしている様々なことに興味を持ち、それら一つ一つを満足いくまで観察していることに気がついたのです。
大人には何でもないことでも子供には興味深いことが家にも外にもたくさんあるんですよね。頭では分かっていながらもつい普段は娘にも『大人時間』の都合の中で過ごさせてしまっているんだなぁと反省させられました。私は絵本等を扱うフレーベル館という会社に勤務していますが、子供用品を扱っていながらも子供という存在を分かっていなかったんだなと強く思ったものです。勿論いつでもというわけにはいきませんが、極力そうした『子ども時間』の中で娘と接することが出来る父親でありたいと痛切に感じる今日この頃です。
余談ですが、ほぼ散歩と化したこの買い物から帰ってきたのは自宅を出てから一時間後。遅い昼食になったことは言うまでもありません。
渡邉荘司様 株式会社 フレーベル館
教材関係でお世話になっています。
「だんご屋修行」 布川篤史
私は2学期に入ってから、給食後の遊びの時間には「だんご作り」を毎日継続して楽しんできました。だんご作りと言っても色々な種類があります。砂で作る物、磨いて光らせる物、乾かして固める物、小さい物、大きい物など様々な楽しみ方がありますが、私は粘土質の土を水で練って作っています。その理由は、この遊びを提示し始めた目的にあります。2学期から年少児の午後の遊びが始まりました。その子達が簡単に作ることができて、壊れにくく、また、どろどろの感触も味わってもらいたいと考えたからです。活動の場所も、一番目立つ一定の場所で継続させました。自分の遊びをまだまだ見つけにくい年少児にとって、いつでも行ける安心の場所となることを目指しました。その後の経過を報告させていただきます。(〜9/5)
当初は、子ども達と一緒に必要と思う道具を調達し、良い土を探し、混ぜるところから遊びを始めていました。使いたい道具の貸し借り、砂と土の違い、水加減など、子ども達に経験から学んで欲しいと思いました。すぐに自分で「土が無くなったから取ってくる」と段取りを吸収していく子ども達でした。
そのうち、行事等の為、遊ぶ時間が取りにくい時期に入りました。段取りができ「さあ、作ろう!」となったところで片付けにならぬよう、こちらで準備をして、作る楽しみに時間を費やすことに配慮するよう活動が変化しました。だんごをひたすら作る と言う内容が年少児の楽しみ方に即したようで、メンバーが増加、定着していきました。例えば、普段あまり活動的ではないA君ですが、毎日欠かさずやってきて、じっくりと一つのだんごを作り上げます。だんごの出来栄えは日に日に立派な物となっていきました。(〜9/20)
年少児たちの楽しそうな雰囲気に誘われ、年中児も集まりだしました。同じ「だんご作り」の場であっても、年少児とは遊び方が違います。年少児が一つや複数のだんごを作ることを楽しむのに対して、年中児は、形を作ったり組み合わせるなど、単なるだんごでないものにアレンジしたり、お店にして売るなど、だんご作りの遊びを発展させて楽しんでいました。(〜9/25)
お兄さんお姉さんたちが集まって盛り上がっている遊びに、年少児が後から「入れて」と加わるのは、大変な勇気が要るものです。その気持ちを察して「やってみる?」と手を差し伸べるのが保育者の役割の一つです。しかし段々とその必要が少なくなってきた事に気付きました。遊びの場が継続する中で、自分の居場所であると感じられるようになってきた表れでしょう。また、やり取りを重ねる中で、異年齢であっても「いつもの仲間」とお互いに感じられてきたのでしょう。(〜9/28)
年中児たちの力は絶大です。私が場を離れる機会があり、年中児たちに「年少が困っていたら助けてあげてね」と伝えて遊びの継続を任せました。年中児たちは、それを快く自信と感じ、また年少児も、お兄さんたちを信頼し、大人が居なくともその場に安心と楽しみをみつけられるように育っていました。(10/12)
一方で、今までよく遊びに来ていた年中の数名が「今日はやんないよ」「○○君と遊んでくる」など、わざわざ「だんご作り」の場に来て、声を掛けて行く姿がありました。運動会などを通して、クラスの友達との遊びが楽しくなったのでしょう。嬉しい育ちです。しかし、なかなか楽しい事ばかりはいかないようで、時々、「やっぱ やる」などと戻って来たりします。この場をご家庭のような安心の基地としながら、友達や遊び、新たな世界へと飛び出そうとしている過渡期を見守り、受け止めたいと思っています。(10/16)
話題には出てこなかった年長児は、時々、「何やってんの?」などとのぞいていったり、少し作っては、仲間と居なくなったりする姿があります。遊びの場が、元来の意図のように、年少児向けの楽しみを提示しているからでしょう。時に年長児たちが、作っただんごでお店屋さんを始めたりすると、他の子もすぐに見つけて飛びついていく力のある年長児たちです。大人が用意しなくとも翌日には自分達で集まって、昨日の続きを始めています。自分達で遊びや人間関係を育んで欲しい今の年長児の育ちです。
時々来る年長のお兄さんお姉さんが「私できるよ」と簡単に素敵なだんごを作ってくれたり、手伝ってくれたりする姿を、憧れの瞳で見ている、まだまだ修行中のだんご屋さんたちです。
かしの木コラム VolJ 平成18年7月18日
「プラス マイナス ゼロ」 園 長 土 方 崇
園庭では、水遊びの歓声があがり、子ども達の笑顔が溢れています。皆様におかれましては、益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
先日、題名が気になり購入した「宇宙を味方にする方程式」という本がありました。その中には、花粉症になりやすい人・お金に苦労しない方程式等、著者が経験で感じ得た事が記されていました。例えば、食べて痩せる方程式を紹介しますと食べ物・自分自身に これを食べたら痩せる 私は、食べて痩せる体質なんだと真剣に思いながら摂取すると効果が出るそうです。また、女性特有の病気になり易い人は、次に生まれて来る時は、絶対男性が良いという思いが強い人ほど病気になり易く、その思い信号を細胞が長年に渡り受け止め、男性には必要の無い女性機能を衰退させる表れなどと書かれていました。この中で学んだ事は、思いが強いほどそのようになる率が高い、しかしその質が大切なポイントになるのではないかと言う事です。質の良い思いを真剣に継続してこそ叶うのではないでしょうか。現在、子育て真っ最中の皆様 是非、他人を卑下せず・自分を棚に上げながら物事を見ないように、立場はそれぞれありますが、気持ちの上ではフラットに付き合える様な質の良い思いを継続していきたいものです。
子どもが生まれた時、小さな手を見ながら、自分の分身ができた喜びを今でも鮮明に覚えています。元気に育てよ・どんな人生を歩んで行くのか等嬉しさの中に親としての責任を感じました。子どもの人生、親として関われるのは、年齢によって内容は変化します。食べる・眠るの保障から始まり、幼児期においては、集団生活の中で日々の生活を通じ社会性の基礎を学んでいきます。この中で、親は、子どもから素敵な笑顔・元気等のエネルギーをもらい、反面うちの子はどうして・・・・等悩みもプレゼントされ、考え・悩み・嬉しさ・ときめき等様々なものを頂きながら我々も人として少しずつ成長しているのです。子どもが成人するまでには、この様な出来事が沢山あり、親子 ファミリー皆で乗り越えながら"小さな幸せを感じられる家庭"を作って頂きたく思います。成人するまでの過程で"プラス マイナス ゼロ"でOKです。向き不向き 得意不得意 色々ありますが 親の"お互い様と感謝の気持ち"が子どもの成長には大きく影響していくのではないでしょうか。
1学期も幼稚園にご協力頂き感謝申し上げます。楽しい夏休みをお過ごし下さい。
素敵な応援団(幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです)
「かしの木幼稚園での思い出」 川田定範
初めまして。私は、幼稚園に教材教具、絵本等を納入させていただいております(株)チャイルド社の営業マンで川田と申しまして、高知県の出身です。早いもので幼稚園にお世話になって今年で30年になりますが、幼稚園への出入り業者としてここまで長くつづけられたのも、ひとえに理事長先生を始め、千賀子先生、園長先生、直美先生、そして今は亡き理事長先生のお父様お母様による温かいご支援の賜物でございます。
そんな幼稚園だからこそ地域に密着し存続するのも幼稚園に対するご父兄様の温かいご理解があっての賜物と思われます。
私どもの会社でも、幼稚園・ご父兄の皆様のことを想像しながら、社訓として「幼児の美しい心健やかな体それはチャイルド社のねがいです」と全社員が唱和し子供たちの健やかな成長を願っております。
私が幼稚園の行事に参加するといったら、運動会の準備、お餅つき、プールの組み立て等セールスマンとしてお役に立てることくらいでした。
その中でも特に楽しみだったのが毎年恒例とされているお餅つきの行事への参加でした。
蒸篭にてもち米が蒸しあがるまでの多少の余裕の時間を皆さん(理事長・園長・ご父兄様)と一寸小休止・・・・・
餅つきが開始されるまでの時間の中で、子供たちの目を避け喫煙をすることがありましたが、29年前のそのときの私は、丁度風邪を引き体調の優れない日でした。タバコを口にすることで咳を伴いこんなに苦しい思いをするのであれば禁煙と思いこの日を境に、一日60本口にしていたタバコを禁煙することができました。
喫煙が決してよくないと思いつつも禁煙することができなくてお困りの方、何かを契機に、「やーめた」といって実行できる勇気を誰もがいろんな意味でお持ちではないでしょうか。
私にとっては、かしの木幼稚園での行事への参加はいろんな意味での体験学習の場であります。
今後も、なおいっそうのご発展を心よりご期待申し上げます
川田 定範 様 (株)チャイルド社 役員
教材関係でお世話になっています。
かしの木コラム Vol I 平成18年5月2日
「未来へのプレゼント」 園 長 土 方 崇
ご入園・ご進学されてから3週間が経ちました。幼稚園が大好きな子どもや親・少し不安が残っている子どもや親、様々な人が関わりあって、幼稚園という空気を創っています。もちろん直接幼稚園にお越しにならなくても子どもを通して参加してくれる お父さんやおじいちゃん・おばあちゃんなどファミリー全員の気持が幼稚園という子どもの世界を形成しているのです。もちろん教職員や業者の方々、皆子どもの成長を願って頑張っています。さて、この中には、数々のドラマが展開しています。監督・主役・脇役・エキストラ・大道具・小道具・照明・音響など色々な役目の人が助け合って筋書きの無い素敵な物語を演出しています。もちろん幼稚園では、子どもが主役になれるようにと配慮しながら関わっていますが、時として、大人は主役を勘違いしがちです。どうしてもテレビ慣れしている私達は、画面にいつもたくさん映し出される人が目立っており主役と思いがちですが、幼稚園では価値観・時間・感じ方が大人の世界とは違い、ゆっくりと確実に動いています。一日中泥だんごを作っている子どもや一人遊びばかりしている子どもや先生から離れないなど、どれを観ても次の物語に繋げる大切な気持ちを充電している時期なのです。以前万博の太陽の塔を作った芸術家の岡本太郎氏が「芸術は、爆発だ!」とよく言われていました。これは才能は右肩上がりで成長するのではなく、壁にぶつかりエネルギーが蓄積され、爆発のごとく次のステップに上がる例えとして使っていました。まさに子どもの成長も同様の所が多々あるのではないでしょうか。是非、充電期間中の子どもの姿を広い目で受け止めていただければ幸いです。
また、幼稚園は親も共に成長する場として捉えてください。子どもの頃、親・親戚・先生・隣のおじさんに叱られた事やクラブの先輩に注意された事など、その時は、「何で 如何して 私ばっかり・・・」と素直に受け止められなかった事が、その後しばらくして「ハッ!」とし、自重した思い出があると思います。このような経験は、後になって役立ち"己の物差し"を創る大切な事象になっています。このように助言してくれた人の役目を今度は、親になって幼稚園に参加している保護者の方が実行して頂けたらと思います。叱る・注意するだけではなく、確りと認めて褒めてあげる事が自分の子ども以外にも幼稚園に関わった子どもに「未来へのプレゼント」になって行くと信じています必ず・・・。皆さんゆっくりと急いで子育てをしていきましょう。
「それぞれの新しい一歩」 布川 篤史
ご入園、ご進級 おめでとうございます。クラス、先生、友達など、新しい環境に子どもたちは戸惑いながらも、適応しようとがんばっている所です。これは、お母様方にとっても同じ事かもしれません。特に、初めて幼稚園に通うようになったご家族にとっては、何もかも初めてで、不安やわからない事だらけなのではないでしょうか?子どもたちにとっては、初めてお母さんの居ない場所に踏み出して行き、その先には、自分と同じようにまだまだ幼い子どもたちばかりの世界が待っているのです。言葉などの表現も未熟な人たちです。自分の意を察してもくれません。まるで、外国へでも一人旅しているような気持ちかもしれませんね。でもそれだけ、日々の園生活の中で、新しく触れる経験がたくさんあるのです。
ある日のこと。ドアを閉めたい年少に年長が「閉めると危ないし、通りたい子が困る」事を諭していました。それでも閉めてみたい年少は、年長に猛攻撃です。顔をたたいたり、頭突きをしたり。それでも年長は絶対にドアを閉めさせないように死守します。(泣きながら) 決して反撃はしませんでした。もし、大人がやめさせようとしたなら、あっさり力で制したかもしれません。年長の年少に対する愛情と戸惑いを感じました。「小さい子をたたいてはいけない」という彼なりの葛藤の気持ちもあったかもしれません。進級さんたちは皆、下の存在ができた事で「自分は大きくなった」という自負を自信として強く持っているようです。お互いに刺激し合い育ち合っています。どちらにとっても必要不可欠な存在です。
また、これらは、お母様方同士でも同じことでしょう。先輩お母様は、皆、同じような道、悩みを経験してきたはずです。「子どもの友達が増えるには、お母さんが友達を増やす事」が一つの要素だと私は感じています。どうぞ積極的にお話してみてくださいね。もちろん、幼稚園でも相談をお受けいたしますし、ご紹介もできます。
さて、毎日毎日大きくなって、(外国から)帰宅する子どもたちです。旅の疲れは想像以上に大きいものです。お家では、疲れた体と心を癒すべく、受け止めてあげて下さいね。お土産は、力を出し切った後の表情と汗・泥で彩られた洗濯物です。色々と子どもを詮索せずとも、洗濯物がどんな風に? どこが汚れているか? それを見るだけでどのような遊びをしてきたか想像するのも楽しいものです。
お忙しい中、毎日の洗濯、ご苦労様です。が、「汚さないで!」とは言わず、汚れても良い服装で、子どもたちがたくさん、気兼ねなく満足するまで遊び切れるよう、(下記の中でも「子どもは遊びの中で育つ」と言及しました)これからもご協力をよろしくお願いいたします。
{追記}
報告が遅くなりました。
お気付きの方もいらっしゃいましたが、3月20日の読売新聞に、ホームページでもおなじみの「かしの木コラム」の記事が掲載されました。皆様のご支援に感謝いたします。新聞の写しの用意がありますので、ご覧になりたい方は、職員室までお声掛け下さい。
素敵な応援団・・・幼稚園が日頃お世話になっている方からのメッセージです
「新緑と子どもの力」 山田悦子(たんぽぽ読書会)
輝くばかりの新緑が目に眩しい季節になりました。しなやかで瑞々しい若葉を見ると、子どもたちの『ぐんぐん伸びていく力』が見えたら、きっとこんな色や形をしているに違いないと思ってしまいます。生命力に溢れキラキラ光って、面白そうに笑っている。「子ども」と「若葉」のイメージがそんなふうに重なるのでしょう。そして、そんな子どもたちに会うたび、こちらも元気をもらう気がします。
早いもので、私たちがかしのき幼稚園でおはなし会をさせてもらうようになって、7年目に入りました。年2回ですが、年少から年長まで私たちの話を楽しんでくれます。そして毎年益々聞き手として成長しているのを感じます。子どもたちはどんどん卒園して行くのですから単純に考えると不思議ですが、これは先生方の力が大きいと思っています。毎回先生方が楽しんでおはなしを聞いてくれるという、かしのき幼稚園の暖かい園風(?)が子どもたちに伝わっているのでしょう。その土壌の上で、色んな花が咲いているのだと思います。
ある時、年中のクラスのおはなし会で、最初から子どもたち全員がすごい集中力を見せ、この年齢でこんなにも人の話がきけるものかと舌を巻いたことがあります。たった25分間とはいえ、子どもたちがお話の世界に入り込み、よく理解しているのが手に取るように感じられて、終わった後もとても幸せな気分でした。もう20年近く色々なところで子どもにお話をしてきましたが、こんな時間は数える程です。色々な条件がうまく噛み合った結果ですが、それだけに宝物のような出来事でした。子どもは時としてびっくりするような大きな力を発揮します。先生方は日々こんな力を目撃していらしゃるのでしょうか。うらやましい。
おはなしや絵本は、食事などと違い直接命に関わるものではありません。でも楽しく豊かに生きていくために、生活の幅を広げて成長するために、心の栄養のひとつとして楽しんでもらいたいと思い、お節介にもおはなし会をしています。理屈やデータの数値があるわけではありませんが、マイクなど機会を通した声よりも、直接人の声で本をよんだり話し掛けられる方が、より落ち着いて気持ちの中に染み込んでいく気がします。これは、子どもたちにお話をしてきてしみじみ感じる事です。不思議といえば不思議ですね。
これからも出来れば長く、かしのき幼稚園の子どもたちにお話をして行きたいと思います。子どもたちの元気をもらって。
かしの木コラム Vol H 平成18年3月16日
大 切 な 瞬 間 園長 土方崇
白梅の梢を渡る風の音にも春の気配を感じられ、幼稚園では、卒園・進級を控えた子ども達の元気な姿が目に映ります。皆様におかれましては、ますますご健勝の事とお喜び申し上げます。
一年が経つのは早いもので、毎年だんだんと加速している自分の時間感覚にブレーキを掛けたいのですが、なかなか上手くいきません。季節の移り変わり・伝統行事・虫たちのさえずり等、この仕事をさせて頂いているので感じる事はできますが、その移り変わりの速さは増すばかりです。幼少の頃の自分を思い返して見ますと一年は、長かったとつくづく思います。誕生日がなかなかやって来ない・もういくつ寝るとお正月・クリスマス等、指折り数えて待つ事がたくさんあった事を思い出します。それは待ち遠おしくてワクワクする事が多くあったからではないでしょうか。大人になるにつれそのような事項が少なくなり、追われる事が増し、止まって感じる事が減ってしまっているからではないでしょうか。
幼稚園では、子ども達にとって初めての事との出会いが毎日あり、それが発展しています。幼児は大人の十年間分の気持ちの成長を一年で体得する位ですから、人間関係・遊び・製作・行事等どれ一つを取ってみても毎日感じるものは違います。先日、新しい赤土が軽トラックに積まれてやって来ました。自然と子ども達が集まり、荷台から土を降ろす役・トロッコに乗せる役・泥場まで運ぶ役・泥場で均す役等 自然と共同作業が生まれ、その中でそれぞれの仕事のコツを見つけ、他者に伝授していく姿は、三学期ならではの学年を超えたチームプレーを観察でき、日常を通じて社会力が少しづつ身に付き、根っこの成長を感じました。また、昨年お伝えした「宝の石探しゴールドストーン」の最終段階の仕上げに入りました。ある朝 子ども達が、神様の祠に"たからのちず"を発見する事から始まりました。古ぼけた地図には園庭マップが描かれ、宝のありかを◎で印してあり、場所探しから子ども達が相談し、ポイントを絞って掘り始めました。何時もの宝探しの要領で手で掘っていた子どもがゲットしたのは、またまた"たからのちず"、内容を見ますと、この下に宝が2段である事を示しています。"上の金の石"は地面から20cm位、"下の金の石"は30cmと子どもの膝位の深さにあると確りと記されていました。子ども達は、協力してシャベルでどんどん掘り進むにつれ、1つ目を探し当てました。子どもの拳ほどある金の石です。これほど大きいのは初めてのゲットなので、皆興奮しており、ここで誰の所有にするかが問題になるかと思っていましたが、"たからのちず"に"みんなのもの"とあった事を子ども達は素直に受け止め、掘っている間に話し合いで決めていたようです。さあ、次の石はもっと大きいぞと気合で掘っていくと、深くなるにつれ土が固くなり、大人に助け舟を要求する姿が伺えましたが、自分達で考え直し「水を入れれば土が軟らかくなり掘り進める」と発案があり、満場一致で決定し、プロジェクトを練り直していました。素敵な一場面ですね、友を信頼し・分業し・チームワークが自然と成り立ち、目的に向かっていく、この実感が今大切な気持ちを育てているのではないでしょうか。大人は理解しないと行動しませんが、子どもは感覚で行動する事が多々あります。幼稚園では、時間を忘れる程の事を存分に実感できる環境をつくっていきたいと思っております。また、その日では掘りきれずに次の日に持ち越しとなり、発掘中のバリケードを作りその場を確保しておりました。ちなみに下の金の石の大きさですが、大人の拳2つ分位あります。さあ、誰が掘り出すのでしょうか。
子どもの健やかな成長を願い、日々の保育に教職員一同、建学の精神で努力させて頂いておりますが、至らない点も多々あったかと思います。保護者の方が「お互い様と感謝の気持ち」を持って、応援して頂いた事を改めて感謝申し上げます。本年度もご協力ありがとうございました。
素敵な応援団 (幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです)
「寝る子は育つ」 平山清彦
桜の開花予報も出てきた今日この頃ですが、皆様どうお過ごしですか? 花粉も飛びはじめこれから1・2ヶ月はつらい日々を送られる方も多いと思います。
さて、コラムということですが私の長男が乳飲み子の頃のお話を致します。
当時、一人目が女の子二人目が男の子と年子で子供が生まれました。ちっちゃい二人を抱えて家内と子育てにケンケンガクガクとしておりました。長男はとにかくよく寝る子でおっぱいを飲んだらすぐ寝てしまう。ウンチやおしっこをしてオムツを取り換えたらまたすぐねてしまう、とにかく一日中寝てばっかりでした。その長男を見て我々夫婦はあることわざを思い出しました。そう、「寝る子は育つ」でした。なーんだ、寝る子は育つのか!起こさないで寝かしておこう、という結論に達し寝るだけ寝かしておきました。1ヶ月2ヶ月と過ぎ親としてちょっと不安になってきました。そうです、あんまり寝すぎるのでいろいろな面で遅れが出てしまわないかと・・・・・。
子供の定期健診の時、思い切ってお医者さんに聞いてみました。この子寝てばっかりなんですが大丈夫ですか?と・・・。お医者さんは言いました、「それはいけませんね、刺激を与えてあげないと」ということでした。それから毎日毎時間長男に対していろいろな刺激を与え続けてやっと人並みになりました。ここで私たちは教訓を得ました。ことわざは鵜呑みにしていると大変なことになると。そして、このことわざは寝る子は育つではなく、「寝る子はボケる」だったんだと言って二人で大笑いをしたことが思い出されます。24年前の笑えるお話でした。
昔の人は、ことわざという形で色々な教えを残してくれています。そのことわざや教えを参考にして、子育てをして頂ければきっと大きな道しるべになる事と思います。
有限会社アクティブケイ 代表取締役 平山 清彦さん *幼稚園のアドバイザーとしてお世話になっています。
「卒園して行く年長さんたち」 布川篤史
先日のキャンプでは、大きい子と小さい子のペアを作って1日を過ごしました。そのペアの決め方は、小さい子が「自分と一緒に居たいお兄さんお姉さん」を自分で選ぶ、という自主的なものとしました。どんな風に選ぶかを見ていると、頼れそうなしっかり者のお兄さん。優しそうなお姉さん。または、バスでいつも一緒の知っているお兄さん。など自分なりに考えて選んでいました。一方、知り合いも居ず、困っている子は、大きい子の方から選んでもらいました。大きい子の方も慎重に考えていました。場合によっては、「あの子に教えたかったのに」と思っている子もいたかもしれません。しかし、いざ相手が決まると、まるで本当の兄弟や親のように、優しい声を出して「ほら、こっちだよ」「そんなことしたら駄目でしょ?」「危ないよ。私がやってあげる」など、普段、兄弟間でやっている、もしくは、お母さんが言っていると想像できる言い方で、小さい子に促していました。鏡ですね。そして帰る頃には、どのペアからもお互いの信頼感が感じられました。私はその様子を見て、立派な一年生になれると安心しました。自分と違う相手の立場を考え、それに自分を合わせ思いやる事ができる子ども達です。
以前にもお伝えしましたが、子どもは、大人に言われるよりも子ども同士の方が意思の疎通がしやすいものです。幼稚園とは、そのような異年齢、または同年齢の関わりをたくさん経験できるところですね。年長さんは、幼稚園生活の中で、それらをたくさん経験してきました。そして、小学校へと進級して行くのです。ですから、ご家族は、お子様を安心して、信頼して見守ってあげて下さいね。お母さんの心配の気持ちが子どもに伝わるものです。お母さんがどっしりと構えて下さることで、子どもたちは安心して新しい世界へと羽を伸ばし、時に、甘えて戻ったり、信頼して頼ったりできるのです。
かしの木幼稚園も、そんな、相談やリフレッシュにいつでも帰れる場所であり続けられるよう努力したいと思います。
それには、卒園後も子どもたちや家族のご協力が必要です。卒園してからも、末永くよろしくお願いいたします。
かしの木コラム Vol G 平成18年2月8日
素敵な応援団 (幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです)
「父親の存在が・・・」 増田太一
仕事の関係上、色々な家庭を見て気がついた事についてお話をさせていただきます。それは父親と子供の関係についてです。父親がいない家庭なら仕方ないかもしれませんが、父親と子供との会話不足のためか直接言えばいいことも言えず、注意することもほめることも奥さんを通してしか伝えられない家庭が増えています。ある家庭では高校生の息子を父親が注意したら「今さら父親ぶるなよ」と逆ギレされたそうです。これはゆゆしき事ではないでしょうか。父親、母親、子供という絶妙なバランスの上に家庭が成りたっているはずが崩れてきているのです。父親が家庭の中での役割をはたしていないのではないでしょうか。
「父親の仕事が忙しくてそれは無理だよ、不可能だよ」「子供と話す話題がないよ」と言って逃げていませんか?その状態が何年も続くと父子関係の修復は困難になってしまいます。「そんなことないよ!」なんて甘く考えないで下さい。あとからでは手遅れになってしまいます。失敗した家庭を何件も見ています。
私自身、2人の男の子を持つ父親です。仕事の帰りも夜中、休みもなく働いていますが子供との会話はかかさないように共通の話題づくりに努力しました。子供との会話をするためにテレビ番組などビデオを撮り夜中に急いで観たり、幼稚園や小学校からのお便りは必ず目を通すようにし、行事にも極力参加するようにしました。夜などあいまを見ては携帯から電話をして1分でも話をするようにしました。そのせいか、中学生になった子供と良いことも悪いことも何でも話ができています。
子供たちは色々な悩みを持っています。お母さんではなくお父さんにしか相談できないこともたくさんあります。お父さんの存在とは気がつかないかもしれませんが、大きなものだと思います。忙しいのは充分わかりますが、子供のため家庭のためたとえ1日1分でも5分でもかまいません。子供達に声をかけて下さい。会話をして下さい。子供達はそんなお父さんを待っています。
今がそのときです。お母さんが中心となりご夫婦で一度話し合ってみてはいかがでしょうか。
増田 太一 さん
保険の総合コンサルタント (有)新光社 代表取締役
「ありがたいプレゼント」 園長 土 方 崇
今年は、とても寒い日が続きますが、子ども達はどのように感じているのでしょうか。この寒さ幼稚園流にアレンジしてみましょう。朝6時30分 カギ開け ボイラー点火 見回り等 で幼稚園にやって来ます。さすがの寒さに目が覚めます。昨夜 仕掛けた"氷のオブジェ"の具合が気になり のぞいて見ると カチカチに凍っている時は「やったね!子ども達ビックリするぞ」
などと思いハートがワクワクします。また、朝の準備で教諭達が、お部屋や園庭を掃除をしたり・遊具を出し遊びの設定をしている時に事件がおこりました。砂場の砂お越しの際、なんと大人用の大きいスコップをM先生が真っ二つにへし折ってしまったのです。砂場が凍っていたせいもありますが、さぞかしM先生と一緒に居た先生は驚いたと推測できます。(M先生・・・シャベルが折れるなんてビックリ 私にそんな力があったなんて! A先生・・・とうとう やっちゃったね! R先生・・・エッ!嘘でしょう)その場に居られなかったのが今でも残念ですが、実は、前の日に私が砂お越しの際半分折ってしまっていたのでした申し訳ございません。とこのような事も、冬でしか味わえない ありがたいプレゼントの1つではないでしょうか。
また、お正月遊びのトップクラスのコマ回しを継続して行なっていますと以外に性格がよく現れる場面に出くわします。まず巻き方ですが、初めての子どもには、私が巻いて一緒に投げて楽しさを経験させますが、少し慣れてきた時点で、途中まで巻いて自分で巻く事に挑戦させます。ゆっくりと慎重に行なう子どもとおおざっぱにグルグルと巻きつけ"できた"と持ってくる子ども様々です。分析してみますと、綺麗に巻くことが技術的にできるのに早く巻き付けたいと思いグチャグチャになってしまっている子どもは、集中力が不安定の場合があります。その時は、肯定的にまず受け止めて「頑張って巻けたね 一緒に投げてみよう」と投げ、「もう少し丁寧に巻くといいかもね」などと次へのアドバイスをさり気なく伝えていきます。この方法は、私よりもクラス現場の先生が"言葉がけって とても大切"と日々 子どもと向き合いながら摸索を繰り返し自分流を体得していき、子どもの心に深く関わる姿には、さすがプロと感心させられます。
さて、園庭に仕掛けてある ホワイトストーン・ブルーストーンと稀にしか見つからないゴールドストーンの事は、皆様ご存知だと思いますが、ご家庭にだんだんと溜まってきた頃と思います。ゴールドストーンビックも日に数個発掘されますが、この為に早く登園するマニアも現れています。先日、すみれ組の女の子が その石を駆使して"海の中の絵"を作ってきてくれたのです。想定外の嬉しさがこみ上げてきました。ありがたいプレゼントですね。
このような場面はほんの一部ですが、本気で仕事に懸かると思いがけない出会い・贈り物がきっとあるのではないでしょうか。小さな幸せを感じる心を皆で創りましょう。
「戦いごっこのその後」 布川篤史
先日、お伝えした「戦いごっこ」のその後についてお伝えいたします。戦いごっこの遊びも回を重ねるごとに変化してきました。
メンバーについては、常連に加え、新たな友達も参加するようになりました。ある日の朝「僕にはやらないでね」といっていた子がいました。しかし、戦っている友達の後ろで行動は共にしているのです。つまり、その遊びには興味を持ちながらも一歩踏み出せず観察し、また、場を共にしているだけでも一緒に参加している気持ちだったのかもしれません。その日の午後には、ついに彼の方から「あっちに敵がいるよ。一緒にやっつけようよ」と勇気を出して一歩を踏み出してきました。敵対するのではなく仲間になろう!という彼からの提案でした。その敵とは各所にある遊具の柱や鉄棒などなのですが、一緒に次々と見つけて攻撃して行きました。その日からは敵さがしの探検が続いています。新しい友達が加わりながら、今までは一緒に遊んだ事のなかった友達も、共通の遊びを通して出会い、助け合うようになって来ました。一本のロープを二人で持って、息を合わせて悪者を捕まえようとしたり、5人以上も横に手をつないで「5人パワー!!」と横一列で追いかけたりしてきます。これはなかなか難しい事で、転びながらもまた立ち上がって、顔を見合わせてまた走り出します。「手つなぎオニ」という遊びがありますが、これは年長でもなかなか苦戦するものです。彼等の闘志と団結に驚かされます。
戦いごっこの内容については、今までは単に悪者と一人ひとりが戦う。というイメージの中で展開されていましたが、段々と上記した通り、横のつながりが出てきました。その出会いを活かすべく、次の遊びの展開を考えました。
参加しているのは主に年少ですが、現在は3学期、つまり、もうじき年中。友達といる楽しさを実感できる成長の時期です。そこで、少しルール性を持たせることでゲーム的な楽しみ、共通理解、同じ遊びをしている仲間としての意識付けをしようと考えました。
2つの方向性を考えたうちの1つめは「高オニ」という遊びに展開させること。悪者(私)が高い所には登れない、獲物が降りて行くと攻撃してくる。という設定で遊んでいます。子ども達は「こっちおいで!」と大合唱で挑発しながら 登って来ない悪者を見おろしています。降りてきて追いかけられるスリルを楽しむ子はまだ少ないようです。
もう一つは「しっぽ取り」という遊びに展開させること。悪者は子ども達が大切にしている物(カラー帽子)を奪い、後ろポケットに入れて逃げる。子ども達は自分の物ではなくとも追いかけて取り返す。追いかけっこの楽しさと共に、友達の物を取り返し、「助けてくれてありがとう」と仲間への信頼感、友達を助けたら感謝されたという喜びと自信が育まれます。そうしたやり取りが繰り返されるうちに仲間意識がより大きくなって行きます。加えて、これは意図以上の発見なのですが・・・・複数の帽子を取り返した時などは、明記されている名前を見て、年少であってもこれは自分のではないと判断し、「これ誰の?この字は『あ』だから・・・・」と文字に触れる機会になっているようです。文字を読める友達の存在に触れる事が、文字に興味を持つ動機付けになる事もあります。子どもは、教えられるのではなく、このように自然に物事への関心を持ち理解して行くのですね。
また、誰かが転んで泣くと、周りに仲間が集まって来て、「かいじゅうにやられたのか? しかえししてやる」と自分で転んだのであっても、同士として助けてくれます。なかなか起き上がらないで「おれはもうだめだぁ。かいじゅうをおまえたちがたおしてくれ・・・」などと、上手に役になりきって、ごっこ遊びの展開を子ども同士で作り上げて行く場面もありました。そのような遊びを楽しみながら現在は時々、大切な帽子の代わりに、縄跳びのしっぽを追いかけています。縄跳びに変わる事で、「取った人が今度は追いかけられる」という違った遊びの要素が加えられるのです。今後は「取るのは楽しいけど、オニになるのは嫌だ」という葛藤が生まれてくることでしょう。オニになってくれない子がいるとゲームが進みません。一緒にやっている友達との相談が始まる事でしょう。そこでルールの必要性と楽しさを実感するのです。
これらを経て、年中になる頃には、自分ひとりだけの楽しみではなく共通のルールに自分を合わせる事の中で、より大きな楽しみを感じて行くようになります。子どもたちは一つひとつ、年齢なりの発達に合わせて、確実にゆっくりと成長していくのですね。あせらずに見守って行きま
しょう。追いかけるのは良いけれど、追いかけられるとまだこわいという子の気持ちを大切にしたい事と、「寒い冬、たくさん走って暖かくなろう!」という意図を考えると、高オニでは降りてくる子が少なく「しっぽ取り」の方に展開が流れて行きそうです。
戦いを楽しみに(目的のひとつとして)登園して来てくれる子がいる事が悪者の活力となっています。ご家庭でも、寒いからこそ、子どもと一緒になって走り回って、温まってみてはいかがですか? 本気になると意外と楽しいものですよ。子ども達のちがった一面や成長に触れられると良いですね。
立川かしの木幼稚園 サッカークラブ 東日本幼児サッカー大会 優勝
「念願の東日本幼児サッカー大会を優勝!」
本年2月5日(日)場所は埼玉県久喜市総合グランドで行なわれた東日本幼児サッカー大会に出場しました。ものすごく寒い日でした。
我がかしの木幼稚園チームは、予選リーグ(64チーム出場)を3連勝で1位通過し決勝トーナメントに駒を進めました。
決勝トーナメントでは強豪がひしめく中、1回戦川口しらぎく戦3−0と撃破を契機にかしの木イレブンが快進撃を始めました。
2回戦桜美林戦3−0、3回戦西上尾戦3−0、準決勝清秀戦2−0、決勝白岡天使戦1−0、みごとに初優勝を果たしました。
一成先生コメント
今年のチームは「@蹴らせない、Aやらせない、B打たせない」を合言葉にして試合に臨みました。しかし甘いプレスや判断の遅れなどでピンチを招きましたが全員の強い意志で相手に得点を許さず全8試合無失点と言う素晴らしい内容だったと思います。
特にゴールキーパーが集中してゴールを割らせなかったこと、ディフェンスはあわてずにボールをクリアしたこと、オフェンスはしつこく相手を追い込み高い位置でのボールの奪取に成功したこと、またこの1年間サイド攻撃を練習した成果が出て相手を揺さぶり攻撃のチャンスを多く作ったこと、トップの選手が必要な場面で得点をいれる決定力があったことだと思います。
一人の力ではなく本当の意味で全員が協力し練習したシステムを行なった結果だと思います。
最後に決定的に他のチームと違っていたのは運動量が最後まで落ちなかったことと燃える熱い心が1番だったことだと思います。
かしの木コラム Vol F 平成17年12月20日
心 の 味 覚 作 り 園長 土 方 崇
銀杏の葉っぱが落ち、子ども達は落ち葉のプールで楽しんでおりますが、皆様におかれましては益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、2学期も残すところ後わずかと思っておりましたら、もう終業式になってしまいました。今学期を振り返って見てみますと、まだまだ残暑の残る秋、水や・ボール遊び等に興じる中、運動会に向けての練習が始まりました。はじめは意識付けから行い、お遊戯・競技を通して、自己実現をしながらチームワークを実感して行きました。また、お芋掘りでは、年長さんが春に植えた苗が、大きな実を付け、園児皆で収穫を楽しみ、蒸かし芋にしたり、焼き芋にして食べながら大地の恵みを頂きました。そして、発表会が先日行なわれ、子ども達の心の成長、心の頑張りをご家族の方と一緒に教職員も感動したしだいです。また、この他にも日々の生活の中で子どもが感じ学んだ事は多々あり、お部屋での製作・躾、お庭での遊び等、幼児期の活動全てが大人の数倍 場を感じ・場を吸収し・実感しながら成長していきます。
かしの木幼稚園の教育目標の一つに「小さな幸せを感じられる家族」を少しでも多く作りたいとあります。この為には、皆様もご存知だと思いますが次の様な方程式が考えられます。
"小さな幸せ"良いですね。一人でオシッコができた・鉄棒で前回りができた・お友達に物が貸せた・何気ない一言で暖かい気持ちになれた・勇気を出して少し挑戦してみた・素直な気持ちで"ありがとう"が言えた・食事に愛情スパイスを入れる☆ちょっと可愛い自分がいた等、子どもも大人も皆一緒に感じられると素敵ですね。敏感な人もいれば・鈍感な人もいますがウェットな付き合いが良いのではないでしょうか。(私はきっと鈍感なほうです)。この実感が家族の今後にたくさんの栄養を与えてくれます。何かに迷った時・判断できなかった時等、子どもの黄金の幼児期・家族の子育て真っ最中のこの時期に実感したものはきっと"かしの木ファミリー"の心をやさしく包みながら「素敵な家族の心の味覚」を作ると信じています。また、幼稚園は、子どもと保護者の気持ち作りのお手伝いをさせて頂いている事は、図でもお分かりかと存じますが、幼稚園がやってくれるからと第3者を決め込むのではなく、この目標の為に是非ご協力を頂きながら共に理解しあい頑張っていきましょう。
そして、目標に近づくには様々なハードルをクリアして行かなければなりません。イヤな事が起こるとイヤな事を考えてしまいます。そうするとまた、イヤな事が起こります。不幸は重なると言うけれど、それはこの世の法則です。この時に「ありがとう」と心から言うと、その不幸の鎖が切れてしまうとの事です。確かに漢字で書くと「有難う」、"難が有る"となり、自分に試練を与えていただきありがたいと解釈できます。そうすると逆に良い事が起こると言われています。また、「災い転じて福となす」も同様の意味があります。どんな不幸と思われる現象も、幸せという状況に変えてくれる「ありがとう」と言う言葉は不思議なエネルギーのある言葉です。逆に何か良い事があったら「感謝します」と言ってみてください。幸福が連鎖する方向に向くのではないでしょうか。このような事は、日常の生活の中で、当たり前にある普通の事ですが、余りにも物質的に豊かになりすぎている現代人は、不感症になっています。是非この機会を物の面・心の面に改めて目を向けるきっかけになればと思います。当たり前に存在する事に感謝する気持ち作りも"心の味覚作り"のお手伝いになります。
素敵な応援団(幼稚園がお世話になっている方からのメッセージです。)
「焼きたてパンの朝」 佐野弘美
焼きたてパンの朝、キッチン横のプレイテラスから子供達の元気な声が聞こえています。私達はパン屋さんから届いたばかりのパン生地を、手早く天板に並べて発酵機へ。オーブンのスイッチを入れて本日の数量確認をしていると、ふと視線を感じ、見るとガラス越しにニコニコして手を振っているかわいい子供達の姿が (⌒о⌒)。パンの生地が発酵し2倍程の大きさになったら焼成へ。今の季節、発酵開始から約1時間半。ここからはオーブンがフル回転。1回の焼成時間は約8分で一気に焼き上げていきます。辺りにはパンのいい香りが漂い始めました。
かしの木幼稚園での焼きたてパンは園長先生の強い希望からスタートしたと伺っています。昨年3月頃、園長先生からパン焼きスタッフのお話を頂いた私は、以前からお菓子やパン作りが好きでしたので喜んでお受けすることにしました。4月5月で試作を数回行い、6月から子供達に食べてもらっています。
焼き立てパンが始まって1年半になりますが、パンの数が多い日は給食の時間に間に合うか、オーブンの調子が悪い日にはスイッチが入らず冷や汗が・・・などなどありましたが、他の2人のスタッフと共にがんばってきました。昨年1年間はロールパンでしたが、今年は2学期から双子パンを始めました。
子供達や先生方それから試食されたお父様お母様から「おいしい!」と言われると勿論うれしいのですが、私は子供達が遊んでいるそばでパンを焼けることが何よりうれしく楽しいのです。またパンの焼き上がる一過程を見る、それを給食で食べる、という食育のひとつを少しでもお手伝いすることができて光栄に思っています。これからも楽しくパンを焼きながら子供達の元気な様子を見続けていきたいです。
*佐野弘美さんは、焼きたてパンスタッフでお世話になっています。
「○○○の気持ち」 鈴木香奈子
幼い子どものママは本当に忙しい!!ママの仕事は朝から晩まで24時間営業で、しかも年中無休。バタバタと家事に追われる中でだんだん余裕がなくなりついつい怒鳴ってしまう、毎日がそんな繰り返しだったのを覚えています。
息子が小さい頃、トイレでウンチをしたあと流さないまま出てくるので、「また流してないじゃないの、もう!」と怒ることが度々ありました。おそらく一刻も早く遊びに戻りたくて、流す時間さえ惜しくらい夢中だったのでしょう。ある時、怒るのも面倒なほど疲れ果てていた私は、トイレに息子を呼んで「あのね、これ、なんで流さないの・・・・・・?」と力なく言いました。すると息子はしばらく考えたあと、とても楽しそうに「だって、ウンチ君が、せっかく会ったんだから流さないでくれよ〜〜〜っ!て言ったんだもん!!」と目に星をキラキラ輝かせて言ったのです。もちろん、とっさに思いついた言い訳なのでしょうが、この言い訳に私は大爆笑。ケラケラと笑う私を見て息子も嬉しかったようで、6年生になった今でも、口を利かない"モノの気持ち"を面白おかしく表現しては、私を笑わせてくれます。
今、テレビを見ていると、人をコケにしたり揚げ足をとったりして笑いを取るお笑い番組も少なくありません。また、自分をおとしめて人を盛り上げるような方法も、見ていてあまり気持ちの良いものではありません。(でも悲しいかな、そういう自分も時々やってるかも・・・と反省することがあるのですが;)誰も傷つけず豊かな発想で誰かを笑わせるって素敵なこと!我が子のそんな部分をもっと見つけて、一緒に喜んで、大切にしてあげたいなと思います。
さて、流さなかったウンチの行方は・・・?
ひとしきり一緒に笑った後、息子はまたしばらく考えて、「あ、ウンチ君が、楽しかったよ、じゃあね、もうバイバイ、だってぇ。」と言い、自分で流して去っていきました。怒らなくても楽しくやらせる方法はあるものなのですね。
子どもの話は落語と同じような気がしています。<最後まで聴いてみなけりゃ、オチはわからない!>を教訓に、子どもとの対話を楽しんでいます。
*鈴木香奈子さんは、ホームページ作成等でお世話になっています。
「生きる力」 布川篤史
最近、年長さんに起こった出来事をご紹介いたします。
・A男が、ままごとのおぼんを、投げ捨てたところ割ってしまいました。故意にしたわけではないのですが、そのまま放置して行こうとしたので、私は彼と話しをすることにしました。「わざとじゃない」とのことでした。割れたおぼんは置き去りにされ、どうなるのか?誰がどうする?どのような方法で解決できるか?など話しました。はじめのうちは「どうしたら良いか わからない」と答えるのみでした。怒られてしまうのではないか?という不安感と大人が解決策を指示してくれるのを待つ気持ちがあり、自分の問題として自分で考えようとはしていないように感じました。しかしながら、落ち着いてゆっくり考えれば出来る力を持っている彼なので、私は相談役として、少しの間一緒に考えました。すると、「直す」「のりとテープで」「給食の後で」と彼なりに解決を導き出していきました。大人が考えれば、「新しいのを買う」「家から持ってくる」など別のアイデアが出たかもしれませんが、彼なりの考えを大切に、その実現を助けました。つぎはぎだらけのおぼんが完成し、園長先生にも認めて頂き、彼はすっきりとした気持ちと達成感で遊びに出て行きました。
・かしの木名物のシャボン玉でたくさんの子ども達があそんでいました。B男は、空に上がったシャボン玉に砂を投げて割ろうとして、繰り返し先生から注意を受けていました。が、そのうち、シャボン玉液ケースの中に砂を入れてしまいました。自分がしたことがどのようなことなのか?どう理解しているのか?をたずねることとしました。私が歩み寄ると「ごめんなさい」を繰り返します。何か質問しても「ハイ」と返事をするだけで、彼からの考えや気持ちは伝わってきませんでした。ただそう言っているだけで問題が解決されるのをじっと待っているように感じました。そこで、こちらも彼の行動を待つことにしました。彼がどうにかしてくれるまでは、幼稚園の皆がシャボン玉を使って遊べません。この状況は翌日にまでも続きました。それだけ重大な事をやってしまったのです。もちろん、私達が作り直してしまえば事は解決してしまうし、他の子も遊べます。しかし、そうしないことで、遊べないクレームは彼に向けられます。大人よりもまわりの子どもからの声が、子どもの心に一番響くと私は感じています。年長にもなれば、やって良いことと悪い事の判断力、欲求をコントロールする力が備わる年齢です。周りで遊んでいる友達にどのような影響を与えるのか。自分が何気なくやってしまったことの重大性に気付いて欲しいと言う願いがありました。皆が遊べなくて困っている。どうしようか? しかし、自分では答えを見つけられないようでした。そこへ助け船を出してくれたのが周りで聞いていた友達です。彼を取り囲んで「どうしたの?」「ゴメンっていえば?」「誰に?」「直せば?」「直し方がわからない?」「園長先生ならわかるんじゃない?」「園長先生ならあそこに居たよ」と自分のことのように心配して助けてくれる仲間達がいました。そうして、園長先生と待ち合わせをし、皆が遊べるように、皆のためにシャボン玉液を作り直しました。彼は、秘伝のジャボン液配合の直伝を受けた幼稚園で唯一の人になりました。シャボン玉の先生?または弟子?として自信になることを期待しています。砂を入れている子を見つけたら、今度は彼が指導しているかもしれませんね。友達の大切さ、嬉しさも身にしみたことでしょう。
問題が起こった時、どうにか自分で考えてみようとする気持ち、どうにか解決してみる力は、生きていくうえで大切な「生きる力」となります。「生きる力」を育てる事が私の一番の保育目標です。それらは、大人から諭されるよりも、実体験から多く深く身に付くのだと思います。一つひとつの経験を、次へとつながる貴重なチャンスと捉えて行きたいと思います。その子その子に今必要な経験を、より濃密に提供できる保育や幼稚園環境を用意できるよう、努力し続けて行きたいと思います。ご協力よろしくお願い致します。
かしの木コラム Vol E 平成17年11月28日
「かしの木ホテル」 園 長 土 方 崇
先日、幼稚園のお誕生日を子ども達と一緒にお祝いしました。昭和40年に開園して、40才になり、地域の皆様にお世話になりながら今日に至った事を感謝申し上げます。
お祝いの会に向けて、子ども達は段ボールや落ち葉を利用して「かしの木」を自由遊び時に2週間かけて作成しました。下地の幹を一緒に作りながら、ふと園庭の"かしの木"に目をやるといつもと変わらない"でっかいかしの木"
が悠々と風に吹かれており、すごい木だなと改めて感じさせられた一場面でした。私の目標の一つに"かしの木と対話がしたい" があります。木の下のテラスに行き、下から木を見上げて見ると、たくましい幹から枝が確りと別れ、さらに小枝へと分岐しながら緑の葉を蓄え どっしりと大地に根を張っている姿を実感できます。木漏れ日・どんぐり・葉 等 色々なものを我々に提供してくれる中、見上げていると 木のエネルギーに包まれている感じがします。きっと対話ができるまでには、後20年30年かかると思いますが、人をつくりながら自問自答する中で話ができるのかもしれません。
開園記念式では「かしの木ホテル」のお話を子ども達と一緒に楽しみながら勉強しました。
『むかしむかし、森の中に 少し古いがとても暖かいホテルがあり、そのホテルの名前は「かしの木ホテル」といって カブトムシ・クワガタ・ふくろうやハト等 森の仲間たちが仲良く力を合わせて生活していました。ある時、近くに近代的な「いちょうホテル」や「しらかばホテル」が建ち、皆引っ越して行きました。そこへ「ものすごい嵐」がやって来て、新しいホテルは壊れてしまい、かしの木ホテルだけが残りました。そしてまた、森の仲間は、かしの木ホテルに集い力を合わせて楽しく暮らしました。』というお話です。皆で製